カテゴリー「街の紹介」の20件の記事

2009年8月22日 (土)

Toulouse(トゥールーズ)

トゥールーズは、言わずと知れたフランス南西部最大の都市です。
フランスに22ある地域圏の一つ、ミディ・ピレネー地域圏の首府であり、その中のひとつオート・ガロンヌ県の県庁所在地も兼ねています。もっとざっくり言うと、六角形をしたフランス国土の左下方面全部の中心都市といっていいんじゃないかと、勝手に思っています。

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ガロンヌ川という大きな川沿いに開けたトゥールーズの街は、あざやかな赤い煉瓦の建物が並ぶ街並みが特徴的です。その姿から、「バラ色の街」なんて呼ばれていますね。
旧市街とも呼ばれるこの街を中心として、トゥールーズは大きな都市圏を形成しており、工業都市、学生都市として発展しています。周囲の人口を合わせると、だいたい100万人くらいになるそうです。
この大都市の起源は、やはりほかのフランスの大都市と同様非常に古く、はるか古代ローマ時代にさかのぼります。だいたいにおいて、フランスの都市は大きな川のそばにあり、古くから発展しているという点で共通しています。

この街を観光で訪れることも多いとは思いますが、それとは別に、フランスのミディ・ピレネー地方やラングドック・ルシヨン地方を旅する場合、まずここを起点にして旅が始まる場合が多いんじゃないでしょうか。たとえば、カルカッソンヌなんかはまずトゥールーズが近いですよね。
ぼくもこちら方面にくる場合は、たいがいトゥールーズかモンペリエのどっちかに飛行機でやってきます。
そういう意味でも、非常に外国人にはなじみ深い都市なんじゃないかと思います。
そういえば、前に日本が初めてサッカーのワールドカップに出場した際、最初に試合したのはここトゥールーズのスタジアムでした。

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さて、トゥールーズといえば歴史的建造物が集中する旧市街と、ガロンヌ川沿いの散歩道です。

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「アンリ・マルタン散歩道」と呼ばれる、ガロンヌ川沿いの散歩道は、ここはすばらしいです。
トゥールーズに来たら、ぜひ訪れていただきたい。
散歩道自体にとりたてて名所旧跡として大きなものがあるわけではありません。ただ、この周囲のたたずまいが本当に美しいんです。
散歩道というよりは、公園のようによく整備された芝生が広がり、目の前には静かに流れる大きな川。遠くにバラ色の街並み、もしくは木々の緑。ここが大都市の一角であることを忘れてしまうくらい、こころやすまるいいところです。
散歩するもよし、走るもよし、絵を描くもよし、楽器を練習するもよし、ただ座っているのもよし、見知らぬ人と会話を楽しむもよし、思い思いの過ごし方で、ぜひちょっとゆっくりとこのトゥールーズの時間を楽しんでいただきたいですね。

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大きな並木道。

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こんな、遊具施設もあります。

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上の写真に出てきた橋はポン・ヌフです。
フランスにお詳しい方ならおわかりであろう、パリのセーヌ川にかかっているポン・ヌフと同じ名前で、意味ももちろん同じ「新しい橋」です。パリのもトゥールーズのも、名前の割には今や歴史遺産ぽい扱いになっている点も共通しています。調べてみたら、トゥールーズのもパリのも、その街では現存最古の橋なのだそうです。
全然関係ないですけど、そうえいば、JR新橋駅に「ポンヌッフ」っていう名前のそば屋がありましたね・・・。

そのほかにも、ポン・サンピエールなど、旧市街からガロンヌ川には大きくて美しい橋が何本も架かっています。
アンリ・マルタン散歩道は、これらの橋を中心として、その周囲にやさしく美しく広がっています。
夏場などは多くのイベントが開かれ、花火やったり音楽祭をやったりしているようです。

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そして、旧市街です。旧市街は、だいたい一日あれば徒歩で一回りできるくらいの規模です。
いくつか有名な建物などがありますが、もっとも有名なのはやはりサン・セルナンバジリカ大聖堂でしょうか。11-13世紀くらいに建てられたこの大聖堂は建物として非常に美しいです。
八角形のきれいな鐘楼が伸びているのがとても印象的です。
ここトゥールーズは、グーグルのストリートビューに対応しているフランス南西部では珍しい街ですので、探せばこのサン・セルナンバジリカ大聖堂の鐘楼を見ることができます。

こんなかんじです↓

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スタンダールの「南仏旅日記」という本がありまして、これは1838年のスタンダールの旅行を記録したものなのですが、この中にトゥールーズが登場します。スタンダール自身はトゥールーズの街がどうにも下品で汚らしくて田舎趣味で気にくわなかったようなのですけれど(それはまあ、今見てもわからんでもないのですが)、それでもこのサン・セルナンバジリカ大聖堂だけは手放しで絶賛しています。
この本を通してみても、ほかの地方のほかの建築物も含めて、ここまで絶賛されているものはみあたらないくらいでしたので、やっぱり今見ても昔の人が見てもいいものはいいのだなぁと改めて思います。

旧市街の中心にあるのがキャピトル広場です。この広場のまわりに市役所、メトロの駅(そう、トゥールーズの街はメトロが走っているのです)などがあります。もちろんマルシェもここで開かれます。
キャピトル広場からサン・セルナンバジリカ大聖堂までの道などはおみやげ屋さんも多く、楽しい街並みです。
ちなみに、さっきのサン・セルナンバジリカ大聖堂のストリートビューの画面で後ろを振り返ったところにある正面の道がその道です。
ストリートビューでもそのまままっすぐ行くとキャピトル広場に着きます。
こんな風に↓

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※なぜかストリートビューでは途中一カ所、道がとぎれてしまいますが、Rue du Taurをたどっていけばちゃんと着きます

そのほか、ジャコバン修道院など、歴史的建造物が旧市街に点在しています。

さて、スタンダールに酷評された旧市街の街並みですが、いくぶんか暗いところはあるものの、異国からやってきた我々から見れば、情緒のあるすてきな街並みと言っていいと思います。トレードマークの赤煉瓦もきれいです。
やや入り組んで路地が作られているので、慣れないとちょっと迷ってしまいますが、一度覚えると、狭くてくねくねした街並みを最短距離で通っていったりするのがちょっと楽しくなってきます。というより、この裏路地がまた雰囲気があっていいんです。ぷらぷらしてると、あっという間に時間が過ぎます。
人々も、大学があるということもあり、若いですし明るいですよね。
ほかの南西部の街が、なんというか、老人比率が高い感じがするのに対し、ここはやっぱり若いです。

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このトゥールーズは、サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路が通る街の一つでもあります。
これは、スペインにあるキリスト教の聖地を目指す巡礼路ですよね。この巡礼路にゆかりのある建物が世界遺産に認定されています。
お遍路さんじゃないですけど、今も杖をついて徒歩で巡礼に行かれる方は大勢いらっしゃるようです。
ぼくは会ったことないのですが、最近買ったトゥールーズを紹介するDVDに巡礼をしている方が映っていたので、今もいらっしゃるのだと信じています。

また、工業都市、特に航空機の工場があることで知られていますね。エアバス社の工場で、ここの工場見学も観光コースに組み込まれていたりします(と、さっきのDVDにありました)。

バラ色の街、また別名「バイオレットの街」でもあります。バイオレット、すなわちすみれです。
このトゥールーズの特産品がスミレなんです。香水や石けんに使われていて、おみやげ屋さんに行けば必ず売っています。
今でもあの香りがするとすぐにトゥールーズを思い出します。とてもすてきな香りなんです。

そうそう、ここは今までの街の紹介でもさんざん出てきた、ミディ運河の終着点でもあります。
大西洋と地中海を結ぶ目的で作られたミディ運河は、地中海からここトゥールーズにやってきて、ここで大西洋に注ぐガロンヌ川と合流します。
ちなみに、地中海側のナルボンヌ方面からトゥールーズに来る高速道路(A61ですね)は、基本的にミディ運河と並行して走っています。いつも、窓の外にミディ運河の目印であるプラタナス並木が見えていました。

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ぼくはこのトゥールーズに、約二週間くらい滞在していたことがあります。
フランスに来てアンドレの家がある場所以外に宿泊したことはほとんどないので、これは珍しいです。
そんなぼくがなぜここに滞在したかというと、母親が亡くなるときに入院していた病院があったからなんですね。
母親はガンで、ガロンヌ川にかかるポン・サンピエール橋を渡った先にある、ガンの専門病院で治療を受けていたのです。
なくなる一週間ちょっと前から、看病のためにぼくはトゥールーズに滞在していました。
宿泊先は、病院に併設の宿舎でした(ちなみに、担当の先生も一緒の宿舎で、朝食時によく顔を合わせたりしました)。
食事はついていないので、自分たちで買ったり作ったりしました。でも、やはり看病が優先なので、あんまり悠長に食べに行ったりするわけにも行かなかったですね・・。フランスにいて、あれほどピザハット食べたのもあの一週間くらいです。

ぼくが到着してから、母親は、日に日に衰弱していきました。
朝、母親に面会に行く前、ぼくは毎日、ガロンヌ川沿いの散歩道をひとりで走りました。
無音の朝靄の中、一歩一歩、川沿いの芝生を踏みしめていくたびに、母親の何かが削り取られていっているような、そんな心境でした。
そして走り終えて病室に行くと、必ず前の日よりもはるかに悪く、これまでに想像したどの姿からもかけ離れた表情になっていく母親がいました。

看病の合間に、気晴らしに交代でトゥールーズの街を散歩したりしました。
街を、もう何周したでしょう・・。サン・セルナンバジリカ大聖堂も、キャピトル広場も、何度行ったでしょうか。あてどもなく、何度も何度も歩きました。そして、お昼にパニーノを食べ(ここトゥールーズで初めて食べました)、帰ってきました。街並みは光に照らされて明るく、人々も陽気な街の中で、自分一人切り取られて違う世界をさまよっているような、そんな日々でした。何をどうして過ごしていたのか、細かい記憶は全くありません。ただ、まぶしすぎる日差しの印象だけが茫洋としたイメージで残っています。

なくなる前、なくなった時、なくなった後、常にバイオレットの香りがありました。
とてもすてきな香り、でも、胸が締め付けられるような香りです。

個人的な印象で全く恐縮ですが、自分がトゥールーズの街に抱いている印象は、おそらく、誰とも共通しない、また世界のここにしかない、あのときの感覚そのままのものになってしまっています。

なくなったその時、ぼくと母親は二人きりでした。
はっきりと覚えています。夕暮れで、ブラインド越しにオレンジ色の光が、ほぼ水平に差し込み、深いシルエットを作っていました。
薄闇の中、はっきり過ぎるほどオレンジと影のコントラストが広がり、その中で訪れたひとつのおわり。
もう戻らない。今まで、60年間、全部の、母親の脳にある全てのものが、もう、ただの土になってしまう。
ただ、抱きかかえるのみでした。
泣くこともできなかったことを覚えています。
自分の顔と、母親の顔に深く差し込む夕闇の光と、静寂。
トゥールーズ。自分にとって、特別な地であることは間違いありません。

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2009年5月 3日 (日)

Prats-de-Mollo-la-Preste(プラ・ド・モロ・ラ・プレスト)

プラ・ド・モロは今までの街よりもさらにぐっとピレネーの山深く切り込んだところにあります。
というより、完全に山中の街という雰囲気ですね。
標高は1130mで、日本で言うと軽井沢高原とかと同じくらいですから、これまでご紹介してきた海沿いの街に比べると、完全に本格的に山の中にあるのだということがおわかりいただけるかと思います。
車でもう少し行きますと、Col d'Ares(アレス峠?)というピレネー越えのスペイン国境に行くことができます。
逆にスペインからこの峠を越えてくると、一番最初のフランスの村がこのプラ・ド・モロです。国境の街、といってもよいですね。

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さて、このプラ・ド・モロは実は一部では非常に世界的に有名な街です。
どういうことで有名かというと、かの有名な「クマ祭り」が行われていることで知られているのです。
「クマ祭り」といってもピンと来ない方がほとんどだとは思いますが、全国の祭りマニアの間では知る人ぞ知る、独特な祭りです。
まずクマといっても本物のクマが出てくるわけでもなければ、ぬいぐるみのカワイイクマさんがいるわけでもなく、またクマに扮した人々の仮装行列があるわけでもありません。
出てくるのは、全身を油かタールか何かで真っ黒にぎとぎとにした男性です。
これがクマ役です。
そしてあろうことか、このクマ男は見物人の群衆の中に突進していき、誰彼かまわずつかまえてその真っ黒なタール状のものをやたらめったらこすりつけ、顔中真っ黒にしてしまうのです。
これ、楽しいのかどうなのかわかりませんが、これを体験するためにほうぼうから見物人がやってくるわけですから、それなりなスペクタクルなのだと思います。
宴もたけなわになり、群衆もおそわれてほどよく真っ黒になったあたりで、今度はあちらの方から白装束の一団がやってきます。
そしてクマさんをなにやら退治して、めでたく祭りは大団円です。

わたくしはこのお祭りを生で見たことはないのですが、さぞや鬼気迫るいい雰囲気のカオスな状態になっていることと察します。いってみたいような、みたくないような・・・。

クマ祭りの模様などは、プラ・ド・モロのオフィシャルサイト内に写真があります。
http://www.pratsdemollolapreste.com/
あと、「prats de mollo」で検索してアルバムなどがヒットすればたぶんクマ祭りのです。

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私が行ったのは3月でした。
街から雪をかぶった山が大きく見えます。

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街自体はさほど大きくありません。
街の中心部はすぐに一回りできます。丘の上には城塞がありますね。これもヴォーバンさんゆかりのもののようです。

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調べてみると、クマ祭りの季節は私が訪問したときと同じ時期のようですが、とてもそうは思えないほどひっそりとしていました。
というより、ひとっこひとりいない、みたいな・・。
広場の脇にあるカフェに入りましたが、ぼくらのほかにお客はいなかったように記憶しています。

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街自体は国境の要衝として歴史がありますので、古い建物が多いです。
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この六角形のお部屋?はカワイイですね〜。
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グーグルマップをなぞっていくとわかりますが、ここから車で道をぐるぐると進み、山を登っていくと、20分くらいでスペイン国境のCol d'Ares(アレス峠)に着きます。
プラ・ド・モロの街も相当な標高ですが、Col d'Aresは完全にピレネー山脈の真ん中ですから、それはもうぐんぐんと坂を上っていきます。
このプラ・ド・モロからCol d'Aresへの道というのは、それはそれはすばらしい道ですよ。まるで夢の中にいるようにめくるめく勢いで景色やパノラマが変化していきます。大げさでなく、空のその上に向かってどんどん進んでいく感じがしますね。

そして、到達したCol d'Aresはこちらです。

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どうでしょうか。すばらしいでしょう。
これは3月ですが、完全に銀世界ですね。海抜は1513mです。
この写真のむこうはスペインです。
プラ・ド・モロから坂を上るにしたがってぐいぐいと雪が増えてきますが、本当に、ぐるっと道を曲がるとがつっと雪が増えて、という風景の場面転換を繰り返していくあたりも非常にドラマチックです。

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こちらはフランス側です。

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これは国境の詰所です。
アンドレがかがんでいますね。これは雪合戦の玉を作っているところです。

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再びスペイン方面

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こちらはプラ・ド・モロ方面

前に紹介した地中海沿いのスペイン国境はとても温暖なところですが、同じ国境でも約60kmくらい内陸に入るとこんなに景色が違ってしまいます。

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プラ・ド・モロは以前にも紹介したセレ(Ceret)からひたすら山道を登って行けばつきます。Tech川という川沿いの渓谷にそってくねくねと山を登って、だいたい車で40分ほどかかります。
距離は32.1kmだそうです。
・・いやぁ、グーグルアースって、便利です。街を入力するだけで、自動的にルート検索と所要時間と距離まで調べてくれます。
ちなみに、ペルピニャンからですと63.0km、所要時間1時間5分です。
なお、プラ・ド・モロからCol d'Aresまでは正確には13.4km、約12分だそうです。

ここに到達するには、基本車が原則です。電車はもちろんありません。
自転車もいいとは思いますが、なにしろ標高1000m以上ですから、相当好きな方以外はおすすめしません。
路線バスも一応あるはあるみたいです。
ここに書いてありました。
http://www.cg66.fr/routes_transports/transports/bus/carte.html

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もうひとつの南仏、プラ・ド・モロ。
温暖な陽気の海岸線とは明らかに違う世界がここにはあります。
ひたすら続く山道のさいはてにある天空の城砦に、ぜひ足を伸ばしてみてはいかがでしょうか。

もちろん、クマまつりもおすすめです。真っ黒になってみてください!

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2009年3月29日 (日)

Salses-le-Chateau(サルス・ル・シャトー)

サルスは正式名称サルス・ル・シャトーといいまして、直訳すると「サルス城」です。その名の通り大きなお城があることで知られています。
シャンティイにあるシャンティイ城、のようにお城に街の名前がついているのではなく、街の名前に「城」とついているというのは珍しい気もしますが、まあ、都城とか多賀城市みたいなもんでしょうか。

ペルピニャンの北側約15-20kmくらいの平原の中に突如として出現する要塞がサルス城です。電車も高速道路もすぐそばを通っているので、通りがかりにご覧になったことがある方もいらっしゃるのではないかと思います。
なお、ここのすぐ東にはEtang de Leucate ou de Salsesという名前の潟(湖?)があります。このあたりに多い、浜名湖のように海に面している潟のひとつですね。電車に乗っていると、サルス城を過ぎてすぐに電車が海のすぐそばを走り出しますが、それがこのEtang〜Salsesです。

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周囲に何もない平原の中にこの乾いた土の色をしたお城が忽然と現れる様子はあまり他に類を見ず、そのたたずまいの力強さと往時を偲ばせる赤茶けてくすんだ様子から、ぼくはここをみるといつも「砂上の楼閣」というような言葉が浮かんできてしまいます。周囲の様子と砂が固まったようなその色合いから、まるで幻の城みたいな、風が吹いたらたちまちくずれてなくなってしまうような、そんなイメージですね。

サルスの街自体はさして有名ではなく、椎名誠風にいうなら、イトーに行くならハトヤですが、サルスに行くならサルス城というくらい、サルス城とサルスは完全に同義語とされています。
なお、ここはビルフランシュ・ド・コンフランやカステルヌーのように、お城に隣接して中世の街が残っているということはありません。サルスの街は少し離れたところにあるごく普通の今風の街で、サルス城は完全に独立したミュージアムとして存在しています。なのでもちろんお城の中には住んでいる人もいないです(知らないけど、いたらどうしよう)。

一方で、これまで見てきたカステルヌーなどの山間部とは違い、明らかにだだっぴろい平原、しかも海のそばの見晴らしの良いところというむちゃくちゃ攻めやすそうな地理上の条件下にありますから、なんといいますか、実戦での使用度合いの格が違うらしく、サルス城のリアルな迫力は、例え今使われていないとはいえ、一種凄みを感じるものとなっております。
その分、今は使われていないこのお城の赤錆を思わせる赤褐色の色彩、周囲のがらんとした風情が力を持って訪れる人々の心に直接響いてきます。

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では、実際お城の内部に入ってみましょう。
このお城は15世紀末から16世紀にかけて作られたようです。

城壁も迫力があります。近寄ってみると石組みの荒々しさがまた力を感じます。
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立派なお堀があります。飛び越えられるようなちゃちなものではありません。このあたりからも、完全に戦いのためにできていることがうかがえます。
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橋で堀の上を渡ると、要塞の入り口があります。
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色といい、造形といい、この城門はすごいものです。確実に敵を拒むというか、捕らえられて喰われてしまいそうな力強さです。この迫力はなかなか他では見られないのではないでしょうか。

吸い込まれそうな城門をくぐると、中の広場が見えてきます。
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これは見事です。ここに往時は甲冑姿の兵士やら馬やらがひしめいていたんでしょうか。
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周囲は回廊が続いています。石組みが美しい。
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これは入り口を裏から見たところかな?ちょっと記憶が定かでないのですが・・。
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広場の中心に井戸があります。
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空の青と、石の赤とのコントラスト。
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使い込まれたであろう、ベンチです。
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回廊の向こう側はそれぞれ部屋になっていて、表札がかかっています。
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で、例えばこのようにワイン貯蔵庫になっていたりなどしています。
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回廊の光と影。かつての兵士もこのコントラストを眺めていたことでしょう。
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城壁の上に登ってみました。
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城壁の上から見た景色です。
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なんにもない感が伝わるんじゃないかと思います。
日本ならば屋台やおみやげ屋が所狭しと並んでご当地まんじゅうやお好み焼きを売ったりしそうなもんですけれど、こちらはそういうの本当に全然ないんですよね。

城壁を見上げたところ。
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これは、城壁の外側だったかな?なんだか、地下迷宮への入り口、ってかんじですね。
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と思ったら、こちらの入り口は「DONJON」って書いてあるじゃないですか!ほんものダンジョンですよ!
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ぼくら世代はRPG世代なので、ダンジョンと聞くと地下迷宮、その最深部にはボスキャラのドラゴンがいて・・なんていう世界を想像しますが、実際にはDONJONは地下牢、という意味のようです。ですが、辞書によっては「天守閣」と全然反対の意味が載っていたりして、どちらが正解かは未だにわかりません。ただし、この寂しげな入り口は、地下牢のような気もしますね。どちらにしても、ここに入っていくと冒険が始まってモンスターがいて・・なんていう想像をしてるのもそれはそれで楽しいかもしれません。

実際、写真にはないですが、このお城の入り口にはちょっとしたミュージアム兼売店のようなものがあって、ここは完全に中世の剣士やら鎧の騎士やらといったモチーフのおみやげ物を中心に世界を作っていました。いわゆる日本のファンタジー系ゲームの世界がリアルにここにある、といった感じです。

ちょっと話がそれるのですが、ドラゴンクエストでもなんでも、その手のRPGではだいたい主人公が出発する村があって、宿屋があったり教会があったりして、村を一歩出ると原っぱになっていてモンスターが出て、また次の村に到着すると同じように宿屋や教会があって・・・という作りになっていますね。
あの世界観は日本ではやや想像しにくいのですが、こちらのヨーロッパの田舎のほうにいくと、ああなるほどこういうことかというのがかなり正確に体験できます。
どういうことかというと、こちらでは町や村は今でもぽつぽつと点と点で存在していて、村と村の間は基本なんにもないんです。原っぱや畑や森ですね。
集落があって、次の集落まではひたすらぶどう畑しかない、なんていうのは普通です。その間は、家はもちろんのこと、レストランすらあまりありません。家は集落の中に必ずあるのです。
そしてその街の中には宿屋から教会から、また墓場まで必ず各村ごとにあります。
実際、道路標識でも「村の入り口」にはちゃんと村の名前を示す標識が出ますが、これを反対側から見ますと「出口」になっていて、名前に赤の斜線が入っています。それぐらい、「ここからは村」「ここからは村ではないところ」という境目がきっちり区分けされているんです。

これが入り口
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反対側から見ると出口
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この世界は、確かに村を一歩出るとどんな危険が待っているかわからない、森には精霊が住んでいる、といった世界観を醸成するのに十分な土壌があるような気がします。

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サルスは電車の駅もありまして、ペルピニャンからナルボンヌ方面へSNCFで二つ目です。
ペルピニャンからの所要時間15分くらいですから、横浜と戸塚の間くらいだと思ってくれればいいです。
街の中心部からお城まではやや離れていますが、数百mですのでおそらく徒歩で行けます。
自分は車で行ってしまいました。駐車場があんまりなくて、その辺の線路沿いの道にみんな車停めていました。

見ていただいたように、サルスのお城はお城マニアにもお勧めな非常に特徴のあるお城です。
同じ石造りでも、輝く白い石でもなく、鈍い黒色でもなく、また鮮やかな赤というわけでもないこの砂地色のまぼろしの城郭、ぜひその足で踏みしめていただきたい。
ごつごつとしたその感触が視覚的にも体感的にもリアリティをもってぐんぐんと迫ってくる、ひき込まれるような力。何か、かつての戦士たちが遺してくれたものをじかに感じ取れるような、そんな空気が確かにここには存在しています。

サルスは、明らかに、何者にも媚びていません。きれいに見せようとしているわけでも、着飾っているわけでもない。その目的のためだけに毅然として立ちつくすその姿が、ひたすらに美しい。そして、そのことが、訪れる人の心の奥底に強く訴えかける力になっています。

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現在の人、アンドレがいにしえからの回廊を歩くの図。
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2009年3月15日 (日)

Castelnou(カステルヌー)

カステルヌーは、ペルピニャンから南西に2-30kmほどいった山の中にある、中世のままの小さな村です。村に隣接して大きな石造りのお城があることで知られています。
ビルフランシュ・ド・コンフランやエウスと同じく、この近辺では知名度の高い観光地です。セットで訪れる人も多いんじゃないかと思います。
カステルヌーはエウスよりは大きく、ビルフランシュ・ド・コンフランよりも山の中の素朴な村という感じです。また、なんといってもお城が見事ですので、観光地としてのランドマーク的な見所も多いですね。
周囲が山に囲まれているため、忽然といきなりお城が現れる様子も幻想的ですし、お城の上からの風景も素晴らしいです。

見ていただければわかりますが、このあたりのお城は、イル・ド・フランスやロワールのお城とはかなり趣が違います。荒々しい石組みが素朴で、力強く美しいです。この近辺にいらしたら、ぜひ一度ご覧いただきたいですね。

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ここは、写真をいっぱい撮りましたので、今回は写真メインでお届けします。

ここが村の入り口の門です。
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村にはいると、中世さながらの石造りの家々が並びます。

これは、" i " マークがあるので、インフォメーションですかね?
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家々の間から、山並みが見えます。ほんとに山の中なんです。
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小さくてよくわかりませんが、アーチ状の門の中にはマリア様がいるのです。
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山の斜面に沿って村が作られているので、坂道になっています。
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ワンちゃんです。
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空がキレイですね・・・。
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家の中庭、かわいい花が飾ってありますね。
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表札、なんと書いてあるのでしょう?
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この丸いのはなんなんでしょうか・・・。
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とても雰囲気のある二階の小窓です。中から見てみたいですね。
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花、階段、木の扉。コントラストが美しいですね。
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このあたりでは今もポピュラーな開き窓ですが、さすがに貫禄あります。
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6番。番地表示もカッコイイですね。
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こちらは8番ですね。木の扉がむちゃむちゃカッコイイですね〜。
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表札もイカしてます。
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看板もカワイイです。これ、何屋さんなのかな?
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さあ、お城が見えてきましたよ!
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見張り台ですね。
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こういうの、昔絵本でよく見ました!
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やっぱり、この地方らしく、荒々しく石が積まれているのがわかります。美しいですね。

これは、投石機かな?
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城門が見えてきましたよ。
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お城の門です。
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お城に着きました。見上げた上にはカタランの旗が・・・。
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「カステルヌーのお城、こちら→」みたいなことが書いてあります。
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入り口の扉です。カッコイイ。
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これは!ノックをコンコンするやつですね!
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お城の中は博物館のようになっていて、中世のこのお城の様子などが展示されています。
で、ここはワイン倉庫かなんかでしょうか。
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いきなり、かなりがっかりな人形が出迎えてくれるので、外側とのギャップに誰しも驚きます。
フランスはけっこうこういう「中にはいるといきなり秘宝館」みたいな趣向のものも多いです。
ほっとけば、お城の外側や村はあんなにすてきなのに・・・。

これはすてきな絵ですね。
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・・・。これは、なんなんでしょうか・・・。怖い・・・。
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はたして、この方がここにいる必然があるんでしょうか。ナゾすぎます。

ステンドグラスです。
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これはあれです。夜中に幽霊ががしゃがしゃ動き出す、例のやつです。
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よろいの取説です。
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いつか訳せるときが来たらと思って撮ってみました。昔の文書のようです。
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ふたたび残念な気分になる鎧を着たマネキン。
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お城の中を通って階段を上っていきます。
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紋章のようです。
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空とのコントラストがキレイです。
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ここに、たいまつなどをかかげてたのかな?
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さて、お城の上層部です。
お城の中から見える雄大な山々という素晴らしい背景をバックにした秘宝館人形です。
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この、衣装を着て座っている方々はこれも秘宝館人形です。昔の王侯貴族の方々がこうやってお食事をしていた、ということなんだそうです。しつこいようですが、この趣向である必要は全くないような・・・。
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振り返ればここにも残念なシルエットが。
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さっきお食事をしていた方々の後ろ側はこうなっています。ステージ??
しかし、なんかこう、なんで安っぽく見えてしまうんでしょうか・・・。
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ステンドグラスです。こういうのは普通に美しいのに。
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さて、お城の屋上に出ました。どうですか、石組みの間から臨むこの眺め!
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これはなかなか見れない景色ですよ!
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カタランの旗がはためいています。空と山をバックに色鮮やかですね。
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お城の上からカステルヌーの村を眺めてみました。
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よく造ったなぁと思います。こんな山の中に・・。
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ほんと、山深いところです。
お城の壁は遠くから見ると直線的ですが、近くで見ると石ががつがつと力強く積まれているのがよくわかりますね。
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でもちょっと離れるとこんなにきっちり組まれています。
後ろの山が荒涼としていていい感じです。空も青いです。
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振り返ると広大なパノラマです。
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お城の中は意外と入り組んでます。
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村に戻ってきました。
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カフェがあります。
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カフェにいるワンちゃんです。
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これは、なんでしょう?家でしょうか。
よく見ると「MAIRIE」って書いてありますね。つまり役所ですね。村役場です。カワイイ役場ですね〜。
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この家は、カッコイイなぁ〜・・。
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村からちょっと離れたところに、教会があります。
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教会の時計台です。
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扉の上にあるのは、なんと日時計です。
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入り口の扉です。
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日時計を見上げると、こんな感じです。
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いかがでしたでしょうか。カステルヌー、行ってみたくなりませんか?
たしかマルシェも行われていて、ここの田舎風パテが大変おいしいのだそうです。

ただ、ここに来るのはほぼもう車以外の手段がありません。
http://www.cg66.fr/routes_transports/transports/bus/carte.html
のバスマップでも、ついにここは路線がありませんでした。
ただ、観光地なので、探せばなんかツアーなどがあるのでは・・・と思います。

訪れるひとはビルフランシュ・ド・コンフランやエウスよりも多い印象があるので、なんらか行くことは可能だと思います。ペルピニャンから一日ツアーみたいのあるんじゃないかな?

最悪、やっぱり自転車です!この景色の中を走ったら最高に気持ちいいと思いますよ。
実際、そういうひと多いです。ものすごい山道ですが・・。

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2009年3月 8日 (日)

Eus(エウス)

Eusは、前回のビルフランシュ・ド・コンフランの近くにあります。
こちらも、中世の姿を今に残している街で、やはり「フランスのもっとも美しい村」に登録されています。
ちょうど、ペルピニャンからビルフランシュ・ド・コンフランに向かう途中にありますね。例の、アンドラ方面に向かう道からすぐです。前にご紹介したエスピラ・ド・コンフランも近くです。

この村は、「鷲の巣村」と呼ばれているのと同じなのかわかりませんが、国道からもよく見える小高い丘の上に広がっています。
遠くからですと、村のシンボルであるカテドラルがよく見えます。

こちらは、その山の上から下界を見下ろすように国道方面を撮った写真です。
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ぼくがここを訪れたのは、ビルフランシュ・ド・コンフランに寄った帰りでした(なので、両方写真が曇り空なんです・・)。
実際訪れたときは「中世の村」としか聞かされていず、ここがなんという名前のどんなところなのかは最近までよくわかっていませんでした。なので、実は「Eus」もどう発音するのか正確にはよくわかりません。mixi内では「ウス」と呼ばれていたので、そうなのだと信じることにします。
※その後、自分の日記を見返していたら「エウス」と呼んでいたらしいことが判明したのでタイトル変えました。でも、これも正しいかどうかさっぱりわかりません。

ここはやはり古くから存在している中世の趣を残す村ですが、ビルフランシュ・ド・コンフランよりももっと生活感にあふれています。
というより、どちらかという人々が普通に生活しているといったほうが近く、ホテルやカフェはあるものの、そんなにおみやげ屋が林立しているというわけではありません。むしろ、普通の家の方が多いです。

なので、ぼくが前回ビルフランシュ・ド・コンフランの時に書いた、「中世の街がそのまま現代の生活に息づいているフランスの奥深さ」は、ビルフランシュ・ド・コンフラン→Eusという経路を通ったことでより強く認識されました。
ビルフランシュ・ド・コンフランで、こんなに美しい街がちゃんと残っていて、それが今でも大事に使われていることに非常に心をうたれましたが、そのすぐ近くにあるこの山の上の素朴な中世の小村では、今も使われているどころか、なんのためらいもなく普通に人々が21世紀の生活を送っているわけです。

この「21世紀の生活」っていうところがポイントですよね・・。別に、世捨て人で昔ながらの生活をしているわけではないですからね。それだけ、中世の時代の建築や文化が堅牢で完成されているんですね。それを今でもみんなが誇りに思って大事にしていて、しかもただ見せ物にするのではなく、ちゃんと暮らしに活用しているのが素晴らしいですね。

村のランドマークになっているカテドラルとその周辺の村の様子です。
石で組まれた壁面、石畳が見事ですね。
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こちらは村の民家です。
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よく見ていただければわかりますが、家もみんなちゃんと石組みで作られています。歴史があることがわかります。
美しいですね。やっぱり石組みは風合いが全く違います。
じゃあ最近のこの地方の家はどうやってできてるかというと、まあ石っちゃあ石なんですが、ブロックですね。ブロックを積み重ねて、外壁に色を塗っています。なので壁がどうしてものっぺりとしてしまうんです。
なので、外壁が石組み、というのは、たいていの場合、町でも中心部の古くからある家だとか、結構限られた存在となります。やっぱり目立ちます。

こういった家はこちらの不動産売買上どういう風になるかというと、やっぱり大変に価値があると見なされるようで、値段も高くなるみたいですね。
このあたりはやや日本とは違うメンタリティかもしれませんが、こちらの人は、ぼくらが思うのと同じように、「石組みの家、古くてカッコいいな・・・」という感覚をすごく持っているみたいですね。
多少不便もあるでしょうけれど、やっぱりそういう家に住んでいる、というのはある種の主張というか、ステイタスであるようです(ぼくが接している人々が限られているので、ほんとは違うかもしれませんが)。

日本ではどうでしょう。うーん、あんまり考えられませんね。たしかに木の家と石の家という違いはあると思いますが、それを差し引いても、200年前の旧家とだったら、どっちかというとみんな今風の住みやすい家の方に住みたがると思うんですよね。
まぁ、確かに、フランスの家は、現代の家でも、日本の家のようなパーフェクトな快適さをそこまで重視していない気がしますね。単純にクツであがるからそうおもっちゃうのかもしれませんが・・・。
でも、サッシの窓なんかほんとないですからね。今でも、大概は木の雨戸に木の窓枠の開き窓です。たまーに、雨戸がシャッターになってるハイテクの家を見ることもありますが、日本のアルミサッシみたいなのを見たことはほんとにないですね。
多少、行きすぎるくらいのサービスが込められている日本のマイホームとはだいぶ考え方が違うような気がします。まあ、これは家のことに限らないかもしれませんが。コンビニとかもないですしね。

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さて、このEusですが、「もっとも美しい村」に指定されているだけあって有名は有名なようですが、アクセスはあんまりよくありません。
前も使った
http://www.cg66.fr/routes_transports/transports/bus/carte.html
のバス路線図によると、いちおうバスはあるようです。
Pradesという街から出ているようですね。ここはペルピニャンからの黄色いトロッコ列車、プチ・トラン・ジョーヌの駅がありますので、なんとかここまで来ることができれば、とりあえずたどりつくことはできそうです。地図で見たら山登り混みで4-5kmですから、時間と体力さえあれば最悪歩けないこともないです。
なお、ペルピニャンからPradesまでは電車で40分くらいのようです。

ですが、なかなかこの手の村って、ふらっといけるところにはないと思うんですよね。
アクセスが大変良いと言うことは、つまり観光客が多くて、観光客に見せるためのミュージアムになっているところが多いと思うので・・・。

「もうひとつのフランス」を肌で感じるには大変おすすめなところです!
ここには確かに、それがあります。

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あと、これは完全にどこだかわからないのですが、このあとたまたま訪れたこの近くの街の写真です。
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すごく、このあたりの街って感じします。
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お肉屋さんですね。パテ売ってますね。おいしいんですよね・・・。
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こちらはワゴンの八百屋さん。カワイイですね。
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もうひとつ八百屋さんです。ぼく、こういうお店や市場の写真ほとんど撮ったことないので、貴重です。
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カテドラルです。1606って書いてあります。
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2009年3月 5日 (木)

Villefranche-de-Conflent(ビルフランシュ・ド・コンフラン)

ビルフランシュ・ド・コンフランです。
この街は一度訪れただけですが、大変印象深いですね。すごく鮮烈に記憶に残っています。

ビルフランシュ・ド・コンフランはどんな街かといいますと、いわゆる中世の城砦村です。
ペルピニャンから南西に約40kmほど、アンドラ公国方面にずーっといった渓谷沿いの山の中にあります。前にご紹介したエスピラ・ド・コンフランと同じ通り沿いです。

このあたりには数多く点在する、中世の趣を今に遺す村の一つですね。
規模はすぐに一週できるくらいささやかなものです。
ただし、ここは単なる中世っぽい集落というよりは、かなりきちんとした城砦村としての体裁を保っており、城門や城壁が堅固に備えられております。
近くの山の上には砦もあります。

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城壁の様子です。山の上に砦があるのが見えます。

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街の入り口の門です。

詳細はぼくはよくわからないのですが、「ヴォーバンの城砦群」として世界遺産にも登録されているようです。ヴォーバンさんという方がつくった城砦のひとつ、ということなんでしょうか。
「フランスのもっとも美しい村」のひとつにも認定されています。

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この街は、古いというだけではなく、やっぱり街並みが美しい。
ほんとうに、初めてここに来たときは衝撃を受けました。
ぼくは、いわゆるフランスの中世の街並みを遺す村というのは、ここで初めて見たんですよね。
それまでも、パリの建築物でさえ、その辺のアパルトマンから、母親が暮らす家から、みんな100年くらい軽く経っているんだと言うことに、またそれを今でも普通に使っていると言うことにかなりなカルチャーショックを受けていたのです。
それがここは一気に中世です。年代も違うし、何より趣も全く違う。
「ほんもののおとぎ話の世界だ・・・」
ちょっと恥ずかしい表現ですが、本当にそう思いました。石でできた城門、石組みの家、木の扉、全てが小さい頃に本で読んだあの世界だと思いました。

そして何より心を動かされたのは、ここで人々が今もなお生活を営んでいるということでした。
つまり、博物館的に、または日本の古い神社や寺やお城のように、観光地として人に見せるためだけに存在しているのではなく、ちゃんと人が血を通わせてここに暮らしているということです。
具体的に言えば、もちろんおみやげ屋もあるのですが、それにまじってちゃんとパン屋、郵便局といったものが存在しているんですね。
いわゆる、そういった生活機能を残しつつ、この街が今なおかつての面影を全く残しながら存在している、そういったフランスの古い街ならではのありかたに、ここで初めて出会ったんです。

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パン屋さんです。

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PTTは、郵便局です。


何かをここで買ったとか、スペクタクルな光景を見たとかということとは関係なく、ここを訪れたことで、自分の中に、新しい価値観とも言うべき、かけがえのないなにかを手に入れたような、そんな気分でした。
また、ここに来たことで、ぼくは一気に南フランスにぐっと引き込まれましたね。
なんて、自分の想像を超えた懐の深さがあるんだろうと思いました。
本当に、ここの城門をくぐった瞬間に自分の何かが変わったと思わせる、そんな一瞬でした。

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まあ、とはいいつつ、やはり今はほとんど観光で成り立っております。
先に書きましたように、小さな街のほとんどはおみやげ屋かレストランです。
いろいろ見ていますと、街の中にホテルもあるようですね。
こんなところに滞在したら楽しそうです・・・。

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この近辺の街はどこもアクセスが悪いのが常ですが、ここは奇跡的に電車が通っています。
かの有名な「プチ・トラン・ジョーヌ」です。ペルピニャンから渓谷沿いに走っている黄色いかわいいトロッコ列車です。
というか、ぼくはここには車で来てしまったので実は駅がちゃんと歩いていけるところにあるのかよくわかりません。
最寄りと思われる駅の名前はビルフランシュ・ド・ヴェルネ・レ・バンになっており、同名の街は数キロ南にあるのですが、地図上の線路はどう見てもビルフランシュ・ド・コンフランに沿っているので、たぶんビルフランシュ・ド・コンフランから歩いていけるところに駅があるんじゃないかと勝手に思っています。
なんにせよ、ヴェルネ・レ・バン駅まではペルピニャンから1時間弱くらいのようです。朝とお昼と夕方に1時間に一本ずつくらいはあるようなので(今サイトで冬ダイヤを見てそれくらいでしたから、夏はもっと多いかもしれません)観光には充分ですね。

プチ・トラン・ジョーヌからの渓谷沿いの景色も素晴らしいですし、その後に巡り会えるビルフランシュ・ド・コンフランの街のたたずまいは訪れる人の心に何かを刻んでくれると思います。
ペルピニャンに滞在することがあれば、ぜひ足を延ばして訪れていただきたいです。

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小さなかつての城砦都市が持つエスプリと信念。ビルフランシュ・ド・コンフランは、これが確固たる形をもってしっかりと主張をしている街です。
ここは死んでしまった遺跡ではありません。今もしっかりと血が巡っています。
人々の数百年の積み重ねが、今を生きる人間たちの中に現実として生きている。
そして、訪ねてきた人々ににしっかりとそれを伝える力を持っている。
本当の歴史というのはこういうものかと思います。

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たぶんオフィシャルサイト
http://www.villefranchedeconflent.com/

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2009年1月 5日 (月)

Perpignan(ペルピニャン)

ペルピニャンです。
あのダリが「ここが世界の中心だ!」と言っていたという、あのペルピニャンですよ。

さて、ペルピニャンは「赤い要塞の街」というような表現がしっくりくる、歴史と由緒あるとてもすてきなところです。
まあ、街というより、ペルピニャンはもはやこのあたりでは一番の大都市ですね。
これまで紹介した街の中では群を抜いて大きいです。ベジエより、アルルよりペルピニャンのほうが人口も多いですし、栄えています。
辞書の後ろあたりに載っている小フランス地図でも、この近辺で載っているとしたらペルピニャンです。それくらい、このあたりのカタルーニャ・フランス世界の中心です。

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【ペルピニャン】

ピレネー山脈ぞいのターミナルタウンとして、大西洋側がバイヨンヌなら内陸がトゥールーズ、そして地中海側にペルピニャンといったところでしょうか。
大西洋岸はわたくしいったことがありませんので、ターミナルと呼べるのがバイヨンヌなのか、ポーなのか、はたまたボルドーになってしまうのか、そのあたりはよくわかりませんが、ともかくペルピニャンは地中海岸のスペイン国境地帯では間違いなく最も重要な都市です。

つづりはPerpignan。カタラン語つづりだとPerpinyaでaの上に`です。
なんでカタラン語つづりがわかるかというと、ペルピニャン市街にはいると、フランス語標識と一緒にカタラン語標識が出るのです。Perpinyaなんて、つづりがいかにも異国情緒たっぷりじゃないですか??

ペルピニャンは都市ですから、大きな王宮のある古い中心街のほか、周辺にもいろいろな施設が広範囲に点在しています。ラグビーなんか好きな方で、観戦に来られた方もいらっしゃるかもしれませんね。
大学などもありますし、日本人も少なくないと思いますので、住んでおられた方も多いのではないでしょうか。
たしか、日本人の方がやっておられる(だか、奥さんが日本人だか・・・)お寿司屋さんも市内にあったんじゃないかな。ぼくはお伺いしたことないですが、いつも予約でいっぱいで、大変にぎわっているのだそうです。

他の大きな都市同様、中心街の郊外はベッドタウンになっており、国道沿いに巨大なショッピングモールというか、ハイパーマーケットみたいなのがいっぱいあります。ハイパーマーケットとは、まああのあたりに行かれた方はなんとなくおわかりであろう、AUCHANだとか、HYPER-Uだとか、INTERMARCHEだとか、その手のやつです。あと、ブリコラージュ(DIY)専門店もありますね。フランス人、日曜大工好きなんですよね。映画館複合施設なども確かありました。

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【ペルピニャンの街】

ぼくのペルピニャンの街の印象はとにかく赤い街。そしてざらっとした空気、それでいていつもやさしくあたたかい。陽光がきらきらとまぶしく、ざっくりとした中にも人々の楽しさや陽気さが満ちている、そんな風に思っています。
さいぜんから出てくる「赤い街」ってなんなのか、という話ですが、写真を見ていただければおわかりのように、街の多くが赤い煉瓦で造られているんです。この赤が深みのある、いい色なんですよ。

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美しいでしょう。
なので、あんまり怜悧な印象というよりは、ざらりとした感じが強いですよね。
これが、この地方の乾いた空気、輝く太陽、至る所で目にする黄色と赤のコントラスト(カタランのイメージカラー)とあいまって、とても混沌とした、それでいて確かに持っている美しさを生み出しているのです。
もちろん、人々の人間性もとても明るいですし、基本親切です。これらも、ペルピニャンの印象を強く後押ししていますね。

ペルピニャンの街は、相当古くからありまして、ここは歴史上はフランスだったりスペインだったり違う国だったりと、けっこう独自な道を歩んでおります。
街の外れにはマジョルカ王宮という、13世紀に造られたといわれる王宮が今も残っていて、当時をしのばせます。語感といい、たたずまいといい、フランスの中でも異国情緒たっぷりですね。
実際ここの街の雰囲気は、やっぱり他の地域、パリはもちろん、同じ南仏でもアルルやレ・ボー・ド・プロヴァンスなんかとは明らかに違う香りがします。

と、知っているようなことをいいつつ、実はぼくはマジョルカ王宮はいったことないんです。写真しか見たことない・・。

ぼくがペルピニャンといってランドマーク的にイメージしているのはこれですね。

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これは街の入り口のところにある門です。
Castillet門と呼ばれています。カスティエなのかカスティーヨなのかわかりませんが、この呼び名もそれとなく異国っぽいですね。
これは確かカタロニア博物館になっている建物じゃなかったかな?
(これも中に入ったことはないんです)
この裏手あたりでは、よくステージが組まれて音楽が演奏されたりしています。

カスティエ門の近くには教会があります。
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えーと、サン・ジャン教会かな(Cathedrale St Jean)・・??
なぜあやふやかというと、ぼくは「教会」としか認識していず、なに教会だか全く知らなくて、今グーグルマップでそれらしいのを調べているからです。
ぼくがいったときは工事中でしたね。

さて、まったく名所旧跡を探索するでもなく、お前はペルピニャンに何をしにやってきたのだと言われそうですが、どちらかというと純粋に「都会に買い物に来た」というニュアンスの方が強かったです。母が住んでいたサンタンドレから最も近い都市ですからね。
「ちょっと池袋まで出るか」的なノリで、フランスに滞在すると一日くらいはペルピニャンに足を運んでいました。
えーと、ペルピニャンの街は、いい子供服屋が多いんですよ。あと、チョコレート屋と・・・。
ここでおわかりのように、大概のフランスの都市は日本よりもカワいくて質のいい子供服屋がいっぱいありますし、ショコラについてはいわずもがなですから、要するに、ちょっと買い込んだ買い物をしたいときにここに来ていた、ということです。

街の雰囲気もとてもカワイイですよ。
城下町、という表現が正しいのかわからないですが、基本、王宮やカスティエ門、教会と同テイストで造られた街です。せまくてくねくねした道を抜けていくんですよね。
この街も、歴史が今に息づいている街です。
ただ、ここは歴史がヘンに重くないんですよね。「歴史の重み」っていうより、あくまでも大事に大事に暖かみと親しみをもって、人々がペルピニャンを大切にしている感じというか・・・。

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街の中心には広場(たぶん、リパブリック広場)があって、カフェなどが多数あります。おみやげ屋さんも多かった気が・・・。
この近辺はお店屋さんがとても充実しています。
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あー、今、地図で見てたら、王宮はもうちょっと全然先ですね。街から通りを隔ててますね。これはわざわざ行かないと行かないですね。

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【新市街と郊外】

あと、よく行ったのはFNAC。これは、いわばヨドバシカメラ的な店です。電気製品の他、DVDやら本やら売っています。
こちらは先ほどお話しした旧市街からは外れた、駅の方の新市街の方にあります。
こっちの地区はビルやマンションなども並んで近代的です。
FNACはパリなんかにもある有名なチェーンなんですが、ここのFNACはなんだかやたらと時代物のレトロな建物です。
最近まであった老舗のデパートがつぶれて、その建て屋をそのまま使っているのだそうです。それこそ、横浜西口の松坂屋(旧ノザワヤ)がなくなってヨドバシになったようなものです。
カスティエ門の向かいあたりには、確かギャルリー・ラファイエットだかプランタンだかがあった気がします。こちらもよく行きました。

新市街と旧市街の境目にはかわいい運河が流れています。
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だいたい、街のあちこちのポイントっぽいところや、入り口のロータリーあたりにはヤシだかソテツだかみたいな南国風な木が植わっていて、いかにも気分が盛り上がってきます。
郊外にあるホテルもみんなたたずまいがリゾートっぽいですね。

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街の郊外といえば、おおきなマクドナルドがありますね。
フランスでマクドナルドってあんまり行ったことないんですが、若い世代やファミリーにはそれなりに人気なようです(基本、メニューは日本とは違いますが、味は似てます)。
ただし、ぼくの母の旦那のアンドレみたいな老人世代は原則的にマックやピザハットのたぐいは問答無用で拒否反応です。
たしかですね、ミヨー渓谷のあたりで、農家のおじさんがあまりにもマクドナルドの存在が頭に来て、ついに襲撃して破壊しちゃった、という事件があったそうですが、基本、高齢者層の世論は「よくやった」的な反応だったようで、むしろどっちかっていうと英雄扱いみたいになっている、という話を聞きました。えーと、もうすごい有名人なんだよな。なんていったかな・・・。たしか、もう代名詞みたいになってたような気が・・・。

で、調べてみたらすぐわかりました(インターネットって、便利だ・・)。
そう、ジョセ・ボヴェ(Jose Bove)です!
ああこの人は有名ですよ。フランス人ならだいたい知ってると思います。
世界中にファンがいるみたいですね。彼の本、日本語でも出版されてるようです。買ってみようかな。

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【アクセス】

この街はターミナルタウンですから、ペルピニャン内部もみどころは多いですけれど、むしろここに滞在して、海や山やお城などに足を延ばす、というのがケースとしては多いかもしれないですね。
地中海沿いには普通に電車も走っていますので、ナルボンヌやベジエ、セート、アグドにも一時間ほど乗ればすぐ着きますし、反対側のアルジュレス、コリウール、バニュルスなんかもっとすぐです。
海に行きたければこの電車でいいですね。スペイン方面に二駅行けばアルジュレスですから、ここで気軽に海水浴もできますし、もっと高級な感じでコリウールやバニュルスまでいけば、駅から歩いてすぐ海です。

あと、鉄道で忘れてはならないのが「プチ・トラン・ジョーヌ」ですね。
これは黄色いかわいいトロッコ列車的なもので、ピレネー山脈のふもとをずーっとはしっていく観光列車です。
夏は、屋根のない車両もあって大変混雑します。
・・と思います。すみません。乗ったことはないので、何かで見た情報のままです。
でも、併走している道は車で何度も走っていて、大変素晴らしい景色がずっと続くので、いい旅になることは間違いありません!

あとはバスの起点でもありますから、バス運行関係の情報をおさえれば大概のところには行けます。ぼくも、最近このブログでいろいろ調べるまで、あんなにも細かくバスが行っているとは思いも寄りませんでした。

意外に知られていないのですが、ペルピニャンには飛行場もあります。
パリとはオルリー空港にしか便がつながっていないので、ここから直で日本に帰るには不便ですが、もし行き帰りパリでも滞在するのならノープロブレムです。
すごい小さないかにもな地方空港です。
空港から街まではシャトルバスみたいなのがあると何かで読んだことがありますが、乗ったことはないので定かではありません。
まあ、最悪タクシーがいますね。市内まで値段どれくらいでしょう。まあ、他に足がなければしょうがないかな、くらいの値段だと思います。
というのもなんなので、今調べてみました。あ、なんだ、数kmですね。近い近い。

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大きな街の割には「地球の歩き方」などでも割かれているページが少なく、情報がなかなかないですが、ここはやっぱりここにしかない空気が確かにあります。

フランスの中の異国、カタランの中心都市。
赤い風ときらめく太陽。
息づいている歴史の美しさと、どこまでも深いあたたかさ。

ぜひ一度訪れてみてください。
そして、「赤い要塞の街」を隅々まで歩き回っていただきたいと思います。

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2008年12月30日 (火)

Ceret(セレ)

セレは、ピレネーの山の麓に広がる街で、だいたいペルピニャンから内陸に30kmほどいったところにあります。
周辺の街の中ではそれなりに有名で、ぼくも何度か訪れました。
山の中の小村、というにはもう少し大きくて、ここはしっかり街としての機能を持っているところです。下北沢くらいの規模はあるんじゃないでしょうかね。
店も多いですし、リゾートっぽい別荘風の家もいっぱいあります。
ホテルやシャンブルドットもいっぱいあるみたいです。

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このあたりはカタルーニャっぽい雰囲気のある場所ですね。
確か、闘牛が盛んに行われているのだったと思います。
街中でもあちこちでカタルーニャの赤と黄色のしましまの旗を見かけました。

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セレは一応芸術の村としても知られていて、ピカソやらマティスやらブラックやら、そのあたりの人々とゆかりが深いです。たしか、現代美術館のようなものがあって、これもガイドブックに載っているくらい知られています。といっても、ぼくはいったことないです。今となっては一度くらい行ってみたかったですね。

調べてみたら、セレの美術館はなんと日本語の特集ページがありました。
http://www.museesdefrance.org/museum/serialize/backnumber/0809/museum.html
ん?と思ったら、この写真の建物がその美術館ですか??
ここ、何度も行きました!
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この写真の建物ですよね??
うちの子供がかくれんぼしてますが・・・。

いやあ、全然知らなかった・・・。
ここが美術館だったとは・・・。

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書きながら思い出しましたが、知り合いのミュージシャン(前にエスピラ・ド・コンフランのところで出てきた日本人女性の旦那さんです)はセレで定期的に演奏していると言っていたので、ジャズクラブ的なものとか、ライブハウスみたいなのもあるのかもしれないですね。とにかく美術といい音楽といい、芸術には造詣の深い街のようです。

Tech川という川がはるか谷底を流れる渓谷に面して街が開けており、その渓谷に架かる橋もランドマーク的に見応えがあります(さっきの美術館のページの中に写真ありました)。闘牛の季節などは、この橋に横断幕がかかります。

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さて、このセレには何度も訪れていますが、その割にはいつも滞在は数時間で、実はあんまりゆっくりと街をめぐったりしたことはありません。なので、この街で有名な美術館も闘牛も、話にはきいていますが、見たことはないんです。

では、なんで何度も訪れたかというと、セレのマルシェに行っていたんですね。
実はこの街では大変大きなマルシェが定期的に開かれるのです。
確か週に一度(日曜だったかな?)、それはもう街中をあげて、それこそ街全体がマルシェと化します。
近隣にお住まいの方々はもちろん、けっこう遠くからもわざわざここのマルシェを目指してたくさんの人々がやってきます。だいたいにおいてすごく混雑してにぎわっています。いつも、車の停め場所もなかなかあいてなくて苦労するんですよね・・。

なので、ぼくらも「セレに行く」といえば「マルシェに行く」と完全に同義語でした。フランスに数週間滞在するあいだに何日かあるセレのマルシェの開催日はだいたい訪れていたと思います。
大概、午前中に出かけて、買い物して、お昼のパエリアやロティ(鶏の丸焼き)を買って帰ってくる、みたいな感じでした。

品質もいいものが多く、値段も決して高くないのでここはおすすめです。
単に日用品だけでなく、観光客用のおみやげ風のものが多いのも特徴です。おそらく、バカンスシーズンは地中海沿いのリゾートに滞在している方々もここまでやってくるのでしょう。
ぼくたちも、ここでは数々のおみやげ物を仕入れました。カゴやら、ハーブ石けんやら、オリーブオイルやら、パテやら、Tシャツやら、クツやら、皿やら・・・。
とにかく、大概のものはあります。
屋台風の料理もおいしいんですよね。フリットやら、パエリアやら、カタルーニャ風のなんだかわからないものから、なんだってありますね。

ともかく、うろうろしているだけで手軽にいかにも南仏風なお祭り気分が味わえるところです。
なんというか、こういうところで遊んでいると、地元っぽい感じがするというか、旅に来たなぁ〜という感じがして、気分が盛り上がってきますね。
ぼくはマルシェにしか行ったことがないですが、芸術方面、文化方面も見所が多いところのようですので、お近くに行くことがあればぜひ足を伸ばしてみてください。

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さて、といっても、アクセスはあんまり良くないですね・・・。
最寄りの駅というものはなく、強いていうならアルジュレスかペルピニャンですが、結局30km離れているわけですから、これはもはや最寄りとはいえませんね。
じゃあタクシーか、ということですが、物価の高いフランスのタクシーで30kmは、いったいいくらとられるのか見当もつきません。
ということは、車がないともう全然ダメなのかな?と思って調べてみたら、なんと、バスがペルピニャンから出ているようです。
ここからリンクをたどったところに書いてありました。

セレのオフィス・ド・ツーリズム
http://www.ot-ceret.fr/index.php

しかし、バス路線図を見て知ったのですが、サンタンドレもエスピラ・ド・コンフランもバスが行くんだったんですね・・・。知らなかった・・・。


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マルシェにいた楽団です。北米インディアンの格好で、南米のアンデス風の音楽を歌って、北米インディアン風の口に手を当てる踊りを踊っていました。
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※今回は写真が少なくてスミマセン!買い物に夢中になると、写真撮るの忘れちゃうんです・・。

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2008年12月 7日 (日)

Portbou(ポールボー)

さて、ここまできたら一気にスペインまで行ってしまいましょう。

今回ご紹介するポールボーは、スペインの街です。
この街はいわゆる「国境の街」で、地中海沿岸のフランスとスペインのちょうど国境、スペインの一番東の外れにあります。なお、国境を越えたフランス側にはセルベールという街があります。

フランス方面から、これまでにご紹介したコリウールやバニュルスを過ぎて、例の眼下に海を見下ろす崖の上のくねくね道をさらにスペイン側に行きますと、フランス最後の街・セルベールが小さな入り江に面して現れます。
セルベールを過ぎて、一つ小さな峠を越すとすぐに国境がありまして、スペインに入ります。国境の峠から岬を回って下ると、そこがもうポールボーです。ほんとうにすぐに着きます。
なお、「ポールボー」はフランス語読みの読み方です。スペイン語はわからないので、このつづりでなんと発音するのか、正確にはわかりません。とりあえず、フランス人はこう呼んでいました。

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ポールボーには大きな駅があります。
確かフランスとスペインでは鉄道のレールの幅が違うらしく、フランスとスペインを列車を行き来する場合、このポールボーで列車を乗り換えることになるそうです。
(一部、自分で車輪の幅を切り替えられる特別な列車があり、これだけは乗り換えずにそのまま行けるんだったと思いました)
ですので、ここを鉄道で通る人は、必ずこのポールボーでいったん下車するということになるわけです。
意外と、ポールボーの街自体は訪れたことのある人は多いかもしれませんね。

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さて、母親がバニュルスやサンタンドレに住んでいたときは、なにかというと「ちょっとスペインに買い物に行こう」といっていましたが、その「スペイン」は大概の場合このポールボーでした。
スペインと言ったってバニュルスからなら山越えて二つとなりの街ですから、車でほんの10-15分くらいです。近いです。

何でスペインに買い物に行くかというと、場所が近いのもあるんですが、それより何より、物価がスペインの方が安いんですね。
特にワイン、サングリアのたぐいは、フランスだって日本より相当安いですが、それよりもはるかにスペインの方が安いです。
かつて、ユーロ施行前は、家の中にスペイン・ペセタがいっぱいあり、スペインに行くときはそれを握りしめて行っていました。
もちろん、国境の街ですからフランだって使えたわけですが、微妙におつりが面倒になるのと、あとは気分的なものもあり、ペセタで払うことの方が多かったと思います。

もちろん、言葉だって大概の場合はフランス語でOKです。お店の方はみなさん上手にフランス語を話します。
もっとも、このあたりはもともとカタルーニャで同じだったでしょうから、スペインもフランスもないかもしれないですけれど・・。

そんなこともあるのかわかりませんが、一歩スペインに入ったからといって、何かが変わるかというとまったくそんなことはなく、風景といい、人といい、なんらフランス側と変わるところはありません。言葉でさえフランス語OKですからね。
前にどこかで書きましたが、若干道が悪くなるのと、村の家々のカラーリングがやや不均衡になるくらいです。

国境自体はどういったものかというと、要するに高速の料金所のようなものがあります。ありますが、何かをしていたりチェックをしたりするということはなく、ただ単にゲートがあるだけで、基本スルーです。
ぼくらは見た目からして旅行者ですし何があるかわからないので一応パスポートは持っていましたが、使ったことは一度もありませんでした。
もっとも、2000年近辺の話ですので、今はどうかわかりません。

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駅を起点に広がるポールボーの街は、おみやげ屋などを中心として成り立っており、それなりににぎわっています。プロヴァンス柄の陶器などもあり、フランスよりも安く買うことができてお得です(笑)。
街の方々もみなさん陽気でいい方が多く、歩いているだけで「オラ!(怒られているわけではなく、こんにちは、の意味です)」と声をかけてもらえます。

さて、この街も他の国境付近の地中海岸の街と同様、小さな入り江に面しています。
街を過ぎてちょっといきますと岬があり、その突端は高台になっていてポールボー湾と地中海を一望できるビューポイントになっています。

入り江の写真です
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こちらは岬から地中海を臨んだところ
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きれいな青ですね・・
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スペイン方面です
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岬の岸壁
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展望台の様子です。向こうに、国境から降りてくる道が見えますね。
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港に降りてきました。フランス側より山の風景がちょっと荒々しいように見えるのは、気のせいでしょうか。
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湾は港になっていて、船がいっぱい泊まっています。
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この街は、自分にとってはほんとうにまぶしいくらい、美しくゆっくりとした時間とともにある想い出があります。
ここを訪れたときはいずれも、この地中海沿岸の美しさにとっぷりとつかっているときですし、まだこれから無尽蔵に美しく楽しい場所があるに違いないというような、ふくらむ感じを持っているときでした。
もちろん、今だってそうなわけですが、少なくとも、自分の母が病気に倒れてしまうとは、このときは夢にも思っていませんでしたので、自分の母親がこんな素晴らしい場所でずっと過ごしていけることに、心から満足していたことは確かです。

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さて、ポールボーから車でちょっと行ったところには、「コスタ・ブラーバ」というような名前の海岸があります(うろ覚えなので名前違ってるかもしれません)。
ここに海水浴にも行きました。

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海岸にある海の家風のレストランでパエリア食べました。おいしかったですね・・。
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ここの商店街は、きちんとシエスタをとるので、午後はみんなしまってしまいます。
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たしか、ダリの美術館か何かがこの近くにあるのじゃなかったかな?

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2008年11月24日 (月)

Banyuls-sur-Mer(バニュルス・シュル・メール)

ついにバニュルスにやってきました。
いやぁ、ここはいいですよ。
ぼくはほんとに大好きですね。一番行きたい場所かもしれないです。

さて、バニュルスはスペイン国境まで車でほんの数十分の場所にあります。
小さくてきれいな海岸と緑豊かな山に囲まれた小さな街です。
前回お話ししたコリウールよりもスペイン寄りですね。
ペルピニャン方面からですと、アルジュレスから山に入り、コリウールを過ぎて、ポール・ヴァンドルという港町を過ぎるとその次がバニュルスです。バニュルスを過ぎると次がセルベールという街ですが、これが正真正銘国境の町なので、本当にフランスの西のはずれと言っていいでしょう。

バニュルス・シュル・メール(バニュルス海の上)という名前の通り、この街は海に面して開けています。
アルジュレスやアグドのように、街の本体が内陸にあって海岸沿いは別の街、ということはありません。この海沿いの街がそのままバニュルスです。

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バニュルスと聞いて、「あのワインのバニュルス?」と思われた方がいらしたら、相当なワイン通の方です。そう、バニュルス・ワインは知る人ぞ知るこの地域の名産品なのです。
日照量が高く、乾燥しているため、糖度の高い甘いワインができます。色も独特で、いわゆるワインレッドというより、琥珀色とまでは言いませんが、もうちょっと茶色系統の色が濃いくすんだ色をしています。
このあたりでも高級品なようで、普段はあまり飲まず、何かのパーティーの時などにバニュルス・ワインが振る舞われていました。(「おお、今日はバニュルスか!」みたいなノリでした)

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左側のボトルがバニュルス・ワインですね。
こういう、ちょっと肩幅の広いボトルに入っているのが多いみたいです。
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バニュルスで有名なのは彫刻家のマイヨールです。海に潜るジャック・マイヨールではありません。アリスティド・マイヨールです。このマイヨールが、ここバニュルスの出身なんですね。
ご当地の有名人ということで、ちゃんとバニュルスの山の中には「マイヨール美術館」というのがあります。

結構な山の中で、こんな道を小一時間歩きます。
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そして到着した美術館はこちら。
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「家・・?」って感じもする、こじんまりした美術館です。
なお、マイヨールの作品は女性をモチーフにしたものが多いのですが、シルエットが比較的ふっくらしていることでも知られており、このあたりではちょっとふくよかな女性のことを「マイヨール」と呼んだりしています(もちろん、本人に言ったりしません、はり倒されます)。

美術館の入り口
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バニュルスは、実はわたくしの母が南仏に移ってきたときに最初に住んだ街なんです。パリからここバニュルスに移ってきて、その後サンタンドレに引っ越しました。
ですので、わたくしも初めて来た南仏の街はここバニュルスでした。
その時の感動が、やっぱり今でも残っています。

空の澄み渡って深い青、海の吸い込まれるような碧、山一面に広がるぶどう畑の緑の美しさ。
ぶどう畑の中にぽつんとある、1000年近く前にできた、石造りの何気ない小屋。
海を見ながら食べるおいしい食事。
プロヴァンスカラーの壁に南仏瓦のきれいな街並み。
ゆっくり流れる時間。

ここは、住みたいです。いつか住むなら、こういうところだなと思います。
街もそれほど大きくなく、かといってコリウールほど完全に見せるための街ではなく、必要十分な機能を備えながら、人生が美しくあるための全てのものが揃っている、そんなところです。

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そんなバニュルスの魅力はなかなか語り尽くせないのですが、ここは過去に撮った写真がいっぱいありますので、いくつかご紹介しながら行きたいと思います。

まずはバニュルスといえば海です。
この海岸の風景がいかにもバニュルスっぽいですね。

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特徴は、正面に見える橋桁のような下り坂です。
コリウール方面から来て、岬をぐるりとまわって、降りてくる道がこれです。
向こうから車で来るときは、岬を回ると同時にこのバニュルスの浜辺と街の景色がぱーんと開けてきます。
浜辺からこの橋桁を見る構図がバニュルスの絵や写真などでは非常にポピュラーだということになっております。

ちなみに、その橋桁の先にある岬の上から海方面を撮った写真がこちら。
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この向こうは、アルジェリアかチュニジアか・・・と夢ふくらむところですが、実際にはこの正面はマルセイユとかトゥーロンです。このあたりは、ちょうど、地中海岸が南に向かって曲がっているところなので、東向きなんですね。

なんか、軍艦みたいなのがいました。
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この岬の近くにはバニュルス・ワインのお店がありましたね。

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この岬からバニュルスの浜辺をはさんだ反対側はすぐまた断崖になるのですが、その先にちょこちょこっとしたプライベート・ビーチ風なかわいい海岸があります。
結構人気で、みんなやってきて泳いでいます。

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がけの上に立っている家があります。
うーん、こんなところに住んでみたいですね・・。

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次は、山ですね。
ちょっと歩くとすぐこんな山の中になります。
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そして、ほとんどがぶどう畑です。
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たまに、歩いていると収穫中の農家のおじさんがぶどうをくれたりします。
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なお、このあたりのぶどう畑は、ほとんどが山の斜面を利用してつくられています。というより、平地がほとんどないんですね。
とても乾いた、石ころの多い土に、背の低いぶどうの木がひしめいているという、この地方独特な畑です。
山の斜面の奥の方は車が入れないので、よく背中にかご背負って、手積みしてる風景を見ることができますね。

一度、知り合いの農場主さんに、畑の中に入れてもらったことがあります。
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山の中を散歩していると、こんな木がありました。これ、何の木かおわかりでしょうか。
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これは、コルクの木なんですね。ぼくも実物は初めてみましたが、コルクはこの木の皮をはいで作るんです。なので、この木はもうコルクをとっちゃった後、つまり毛を刈っちゃった羊みたいなもんですね。バニュルスの山の中にはこのようにむしられた後のコルクの木が(もちろん、むしられ前のもあるでしょうけど、むしられ後の方が目につくので)いっぱいあります。

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山の上の方まで登ると(ハイキングがてらすぐに登ることができます)、街が一望できます。

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順々に右側(スペイン側)へ・・。
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このまわりもみんなぶどう畑なんですよ。

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バニュルスの街も紹介します。といっても街はあんまり写真がなかったです。
メインストリートです。
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これは役所かな?旗がカタロニアですね。
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マルシェです。ちっちゃいけどまあものは揃っています。
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夕暮れの家々。
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バニュルス自体は割と高級住宅街です。結構、物件の値段も高めですね。
(なお、母親が最初にバニュルスに住んだときはマンションでした。やっぱり一軒家がいいなということになって、それでサンタンドレに移ったわけです)
なおかつ、リゾート地でもあり、もちろん夏場は大変な数の人々がやってきてにぎわいます。
ビーチ前にはちょっとした広場やステージがあって、なにかしらやってますね。
ホテルやレストランも多いです。
完全にカタロニア地方ですから、クレーム・カタランなどカタラン料理もこのあたりの名物です。

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海岸前の広場、なにやらみんな踊ってます(右側のステージには楽隊がいます)

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ここでは、ペルピニャンに出るよりもどこに行くよりも、スペインに行く方が圧倒的に近いです。スペインの方がワインやサングリアなど安いので、よく買い物に行きました。しかし、不思議なもので、一歩スペインにはいると急に道が悪くなります。

バニュルスはSNCFの駅もあるので、来ようと思えば比較的簡単に来れます。
ペルピニャンからなら電車でだいたい35分です。コリウールからは10分、2駅ですね。
まあ、35分なんて、東京と横浜くらいですから、近いものですよね。

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やっぱり、いつかはやってみたいですね・・・。

バニュルスに滞在して
コリウールに遊びに行って
ある日はのんびり山を散歩して
海で泳いで
おいしいもん食べて
マルシェに行って
たまにスペインに買い物行って

を繰り返してすごす、そんなくらし・・・。

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2008年11月21日 (金)

Collioure(コリウール)

前回はアルジュレスについて書きました。
せっかくアルジュレスまで来たのですから、そのまま足を伸ばして、スペイン国境付近を訪れてみましょう。
というより、行かないと損です。
ここまできたら、ぜひその先の村々を訪れていただきたい。

フランスとスペインの国境近くの海岸線は、ピレネー山脈がそのまま海になだれ込んだかのごとく、切り立った断崖が多い入り組んだ地形になっています。
その断崖の合間合間にある入り江に沿って、ぽつぽつと集落が点在しています。
これらの街がですね、それはもうどれもこれも、まるでちりばめた宝石のようにすてきなところばかりなのです。
今日はその中でも特に有名な街、コリウールをご紹介します。

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さて、アルジュレスから山に入りますと、すいすいと車は進み、すぐに断崖の上の道から海を見下ろす快適なドライブルートに入ります。
空の澄み切った青さと、深い海の色、山のぶどう畑の緑が目にもあざやかでやさしい、それはもう素晴らしい景色です。
そして、山の合間をくねくねと進んでいきますと、崖の合間の入り江に沿って、海岸沿いに小さな街が見えてきます。
これがコリウールです。

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山の上の方から海と街を見下ろしたところ(向こうの街はもしかしたらコリウールじゃないかもしれませんが、このあたりはまあこんな雰囲気だと思ってください)

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このコリウールは、小さいけれどとても美しく、自然と建造物、街のたたずまいが完璧なバランスを持って成り立っている、素晴らしい街です。

コリウールの海岸は、小さなビーチがあり、まわりをぐるりと古い城砦が取り囲んでいます。この城砦がかっこいいんです。
きれいな海と城砦と、そして人々がバカンスを満喫しているこの風景の調和が見事で、どこを見ても一枚の絵のように完成されています。

城砦です
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城砦はなんだか軍の施設でもあったんじゃないかな・・・
なんか、軍人さんが訓練している風景を見た記憶があります。が、夢だったんでしょうか・・。

船がいっぱいいます
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船と城砦です
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反対側の城砦
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たくさんの人でにぎわっています
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ここは海岸です。すごい人ですね。
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後ろを振り返ると、色とりどりな色彩にあふれたコリウールの街があります。
この街はたたずまいもとてもコンパクトでかわいらしいのですが、なんといっても家々がとてもカラフルなのが特徴的です。
まるで、この地方独特の強い日差しがそのまま家になってしまったように、街全体が様々な色で彩られています。
色彩の強さが気持ちも高揚させてくれるのか、実際、街を歩いていると、なんだか楽しい気分になってきますね。

この街はぜひ写真を見ていただきたいところなのですが、わたくしコリウールは何度も訪れているにもかかわらず、なぜかいい写真が一枚もないのです・・・。
他の方が撮ったいい写真がインターネット上にたくさんありますので、ぜひ探してみていただきたいと思います。
「コリウール」「Collioure」で検索するとすぐにいっぱい出てきます。

海岸から街へ入る入り口です
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入り口付近です。にぎわってますね。
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街の写真ですが・・・
無念、真っ暗で全然わかりません・・・
本当はもっとキレイなんです・・・
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さて、この街の自然がもたらした色彩感は、数多くの芸術家も魅了してきました。
コリウールは、マティスなど著名な画家がたくさん滞在していたことでも有名です。
いわゆる「野獣派」発祥の地としても知られております。
街や海岸にはアーティストにちなんだカフェなどもいっぱいありますね。

そして今でも、コリウールの街では、いたるところで街角で絵を描いているひとを見かけることができます。芸術が街と一体化している感じですね。なんか、確かに何かインスピレーションが後押しされる力を感じる場所ではあります。

街にはギャラリーも大変多いです。
そういえば、今でも気になっているんですけど、なんか気になる絵があったんですよね・・・。数万円くらいで、買えない値段ではなかったんですけれど、なんとなく躊躇してしまって、その場はやり過ごしてしまいました。でも、数年たった今でもまだ気になっています。やっぱり、気になったものは手に入れとかないとですね・・。

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コリウールは小さい街ながらも観光地として大変有名なので、バカンス時期はとても多くの人でにぎわいます。
また、SNCFの駅もありますし、地方の街にしてはアクセスがいい方だと思います。ペルピニャンからだと3駅めで、所要時間25分ほどです。

自然、芸術、文化、建築、人、風景と申し分なく、観光地としても、滞在地としても、大変すてきなところですので、もしお近くにお越しの際は、ぜひお寄りいただきたいところの一つです。
もちろん、おいしいレストランやカフェもいっぱいあります。
数時間あれば一周できるくらいの小さな街ですが、できればぜひ何日かゆっくり滞在して、この街の色彩の力に圧倒されてほしいと思います。

ぼくもここは何度でも行きたいですね〜。
いやぁ、本当にいいところなんです。
実は、なんだかんだあんまりゆっくり滞在したことがないので、ぜひいつか何日か過ごしてみたいです。

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2008年11月 9日 (日)

Argeles-sur-Mer(アルジュレス・シュル・メール)

アルジュレス・シュル・メールはペルピニャンからスペイン方面に20kmくらい南下したところにある海岸沿いの街です。街の名前も直訳すると「海の上のアルジュレス」ですね。
ここはもう数十分も車を走らせればスペイン、という、国境にほど近い場所です。

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アルジュレスの海岸は長い砂浜が続くきれいなビーチになっています。
ここをあえてひとことでいうとすると、いってみれば「フランス最後の海岸」とでもいったところでしょうか。

どういうことかというと、フランスとスペインの国境ってピレネー山脈で区切られていますが、海岸線も国境付近は山がちで、割と断崖が多いんです。
グーグルアースで見てみますとこんな感じになっております。

Argeles

ということで、ここを最後に、スペインまでもう砂浜はほとんどなくなります。
まあ、正確にはコリウールやバニュルスなどちょっとしたビーチのある小さな街が点在するんですが、いわゆる「白砂の長い海岸」みたいなのはフランス国内ではこれが最後です。

そういうわけだからというわけではないんでしょうが、ここアルジュレスは夏休み時期はそれはもう、あり得ないほどの人であふれかえります。
ヨーロッパ中から地中海の太陽求めて人々がやってくるわけです。
ビーチはもちろん、周辺には所狭しと露天が並び、移動式遊園地も多数出現し、そこら中でコンサートやらフラメンコやらのステージが行われ、それはもう大変な賑わいです。

夜の移動式遊園地です
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あひるつりあそびです
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雰囲気はどちらかというと、そんなに高級すぎず、割と大衆感にあふれてリラックスした感じです。
かといってさして治安が悪い風でもなく、いわゆる普通の中産階級のヨーロッパ人の方々が多く訪れているような印象です。ファミリー的な感じのひとびとや若い人々の姿が多数目につきますね。
食べ物やおみやげもそんなに高くないです。

この辺の雰囲気は前に紹介したCap d'Agde(キャプダグト)とちょっと似ているかもしれません。
でも、キャプダグドの方がリゾートとしては大規模かな?
確かに、むこうは遊園地とかもいっぱいありますしね。

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海岸に向かう大通りには飲食店が軒を連ねています。
ここの中華料理屋さんがおいしいんですよね・・・。
フランスの中華料理屋さんって、たいがいベトナム料理とかもごっちゃになっていて、「ネム」という春巻き風の料理がとってもおいしいんです。書いてるだけで食べたくなってきちゃいました。

Map

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さて、紛らわしいんですが、実は「アルジュレス・シュル・メール」という名前の街の本体は海岸から数キロ離れたところに位置しておりまして、今まで話していた海岸沿いの地域は、「アルジュレス・プラージュ(アルジュレス海岸)」という別の呼び方をしております。
このあたりもAgde(アグド)と似てますね。フランスの海岸沿いはこういう構成の街が多いです。

こちらの街の本体の方のアルジュレス・シュル・メールも私はよく訪れました。
隣町のSaint-Andre(サンタンドレ)に母親が住んでいたので、よく買い出しなどにやってきました。
アルジュレスは大きなマルシェをやるんですよね。街の中心部に教会がありまして、そこのまわりでやっています。

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なにしろサンタンドレは小さいので、ちょっと何かあると隣町のアルジュレス・シュル・メールに行き、もっと大きな街に行くときはペルピニャンに行く、という感じでした。

また、アルジュレス・シュル・メールはSNCFの駅もありますので、サンタンドレに行くにはここが最寄りの駅なんです。

駅の写真です。
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駅といえば、フランスで鉄道に乗るときは、前もって切符を買っておかないとかなり大変なことになります。
日本ですと、鉄道の切符は、新幹線や特急に乗るのでもない限り、大概は田舎であっても乗るそのときに駅で切符を買ってそのままホームに行きますが、フランスでそれはかなり危機一髪です。

わたくしが前にサンタンドレの母の家に行き、これから電車に乗って帰るというとき、このアルジュレス・シュル・メールの駅で当日に切符を買っていこうとしたことがありました。
何があるかわからないので、電車出発の数時間前に駅に向かったと記憶しております。

そしたらですね、老夫婦が切符を売る窓口で駅員となにやら話をしながら切符を買っていたんです。
どうやら、どうやったら早く行けるかとか、安いとか、そんな相談をしている風でした。

それ自体は別になんてことない話なんですが、えーと、困ったことに、この相談が異常に長い。
とにかく長くて、30分やそこらの話じゃないんです。
当然ですが、長蛇の列です。
自動券売機などはありませんし、窓口もほかにはなく、この一つだけです。

窓口のおじさんも特に焦っている風でもなく、とりあえず後の人をがんがんさばくという考えは毛頭なさそうですし、誰か別の駅員を呼んできて別の窓口を開ける様子も全くありません。

かといって、当の老夫婦もゆっくりしたもので、全くもって後ろの人たちを気にかける様子はなく、かなりマイペースに(しかもけっこう談笑しながらどうでもいいことを聞いていると思われる)話し込んでいます。

ではこれがフランスの国民性で、みんなしかたないと諦めているのかというとこれまた全くそんなことはなく、ものすごい勢いで並びながら怒っています。
スペイン系のものすごい派手なお姉さんは、ものすごいジェスチャーで何かわめきながら途中でどこかに行ってしまいました。

で、小一時間の後、やっとその老夫婦は笑顔でチケットが買えて、めでたく次の人に。
ああよかった。もうとにかくよかったよかった。
これでやっとチケットが買える。もう時間がない。ここは暗黙の了解で急ぐんだみんな。

・・という思いも空しく、まるでさっきまでのことは全くなかったかのように、やっぱり何人かにひとりは必ず複雑(かどうかは不明)な案件を持ちかけはじめてしまいます。そしてすぐにまた同様に列が停滞し、みんな石のような時間をすごすことになります。
地獄です。

このときは列車に乗れたんだか何だったんだかさっぱり忘れましたが、とにかく、「当日に切符買う」だけは御法度だと肝に銘じました。

その後は必ず前の日以前に切符を買うようにしています。
でも、駅に買いに行くとやっぱり大概おじいさんとおばあさんが話し込んでいて、最低数十分並んで待つことになります。

(一度だけ、「急ぐならかわっていいよ」と言われたことがあります。悪気は本当にないようです)

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2008年11月 5日 (水)

Saint-Andre(サンタンドレ)

サンタンドレとはSaint-Andre、つまり聖アンドレのことです。これはキリスト教の聖人の名前ですね。さしずめセント・アンドリューといったところでしょうか。

その聖人の名前のついた街がペルピニャンの近く、ピレネーの山の麓にあります。
ペルピニャンからスペイン方面に20kmほど南下していき、アルジュレスという海に近い街のあたりで内陸方面、右に曲がりますと着きます。
たいそうな名前の由来ですので何か大変なゆかりがある街かというと、さほどそういうわけでもなく、とりたてて観光名所などもない、ごくごく普通の小村です。

海と山に囲まれていて、鮮やかな色彩の陽光が目にまぶしい、とても環境の良いところです。
スペインもすぐそばです。
このあたりはワインもおいしいですね(ぼくはのみませんが)。

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こちらは冬バージョン。ピレネーの山に雪が積もっています。
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さてこのサンタンドレは、私の母が5年間住んでいました。
人生の最後に住んでいた場所です。

前にもポルティラーニュのところで書きましたが、母とアンドレはこのサンタンドレからポルティラーニュへの引っ越しを計画していました。しかし、母は病に倒れてしまい、新居の完成を見ることなく他界してしまいます。引っ越し予定日は、皮肉なことに母が亡くなった一週間後でした。

ですので、母親はこの家で、いや正確には、この家から救急車でトゥールーズの病院に入院して、そして亡くなりました。
まさに、人生の最後のかがやきがここで過ごした日々ということになります。

これが、母が住んでいた家です。
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庭の様子です。
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オリーブの木がありました。
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ここでの母親は本当に幸せでしたね・・。
大好きだった自然があり、大きな山があります。
車で数分も走ればアルジュレスの海です。
そして、毎日大好きなダンスをして、すてきな友達に囲まれて、おいしいものを食べて、素晴らしい旦那さんと一緒に仲良く暮らしていました。
そして、母親は何よりフランスが大好きでした。

母親は、それまでがやっぱり苦労してたんです。
女手一つでぼくたち兄弟を育てましたから、やっぱり並大抵ではなかった。
つらいことがあったのか、よく、夜中に酒を飲んでひとりで泣いていました。
子供心に、そんな母親の姿を見るのはイヤだったし、ぼくに向かって涙ながらに愚痴をこぼす母親も嫌いでした。
わかるでしょうか。そんなに、素直に全部を感謝で受け入れられるようなことばかりじゃないんです。
そして、母親はぼくたち兄弟が就職したのと同時にフランスへと旅だって行きました。
良いも悪いも全部含めた、これまでの想いが詰まったもろもろが、でも全部一緒くたになって、そして最後に美しく結実した場所、それがフランスだったんです。

母親の最期の五年間が比類なく美しかったことは、そのためによりいっそう早すぎる死を悲しくもさせ、一方では、幸福な中で人生を終えられたということがせめてもの慰みでもありました。

このサンタンドレの墓地には、母親の死後、母親の友達が作ってくれた石碑があります。
「私たちの友達 Nobuko 永遠に」というようなことが書いてあります。

2008年の旅行では、そのお友達の家を訪ねていき、石碑にも足を運びました。
奇しくも母の命日でした。
やはり、この街は想い出がありますので、そこで見る石碑、そしてお友達の心づかいには、胸をうたれるものがあります。

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さて、まあそんなわけですので、わたくしはこのサンタンドレについては、現存している日本人ではおそらくもっとも詳しいんではないかと思います。
なにしろ、おそらくのべで数ヶ月は滞在していますから、だいたい街のどこに何があるかを把握しています。パン買ってこい、といわれればいますぐパン屋に行って買ってきますし、教会やら役場やらのランドマークも案内できます。
周囲の街からの位置関係もだいたいわかります。今、何も見ずに行けといわれても行けますね。
最寄り駅のアルジュレスから車か最悪自転車を一台貸していただければ、10分程度で着くことができます。

といっても、すごい小さな街なので、1-2日滞在すれば誰だって一瞬で把握できるとは思いますが・・。

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村役場です。こんな小さな街でも7/14にはセレモニーをやっています。
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この街で唯一といっていいか、シンボル的なのはやはり教会です。
こちらも、私が歴史的なことをほとんど理解していないので恐縮ですが、ロマネスク様式の教会としてそれなりに知られているようです。教会の脇には、とても小さなロマネスク博物館があります。
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こちらがロマネスク博物館
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小さな街ですから、ちょっと歩くとすぐにぶどう畑です。
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この道は、何度も何度も散歩したり、走ったりしました。
母親が元気なときも、亡くなった後も、ひとりのときも、家族と一緒の時も、自分の足で歩きました。
足が土を踏む感触、吹きわたるかぜ、照りつける日差し、ぶどうの緑。
今でもありありと思い浮かべることができます。
これが、ぼくにとってのフランスです。

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2008年10月26日 (日)

Espira-de-Conflent(エスピラ・ド・コンフラン)

今回はぐっと西の方に行きまして、エスピラ・ド・コンフランという街を紹介します。
エスピラ・ド・コンフランはピレネー山脈近くの山の中にある、小さな小さな村です。スペインとの国境がすぐ近くにあります。
このあたりはいわゆるカタラン文化圏にあたる場所ですね。カタロニア地方とも呼ばれているところです。
近くに、アンドラ公国もあります。アンドラって、ご存じでしょうか。ほとんどの日本人には全く縁がないと思いますが、アンドラはピレネー山脈の中、フランスとスペインの国境にひっそりと存在している国です。物価が安かったり、免税店で買い物ができるので、フランスやスペインなどから買い物に来る人が多いみたいですね。ぼくはいったことないです。

さて、エスピラ・ド・コンフランへは、ペルピニャンからそのアンドラ方面へと向かう方向にあります。
まず、ペルピニャンからひたすら西に2〜30km走ります。この道は、これは知っている人も多いかもしれない黄色い小さな観光列車「プチ・トラン・ジョーヌ」の線路沿いの道です。車で走っている途中も、プチ・トラン・ジョーヌの線路を何度も横切ったり併走したりします。
ずーっと山の中の高速道路を走りますと、右手に大きな湖が現れます。湖の名前はよくわかりませんが、このあたりはVinca(cはcセディーユです)とよばれています。この湖をすぎたあたりで、いきなり道を左に折れます。特に目印も何もないんですが、なんか、左折する小さな道があります。
そこからひたすらぐんぐん狭い山道を登っていき、なんとなく分かれ道が来たらそこ右折、養蜂場だのを右手に見ながらひたすら坂道を登っていきますと、忽然と村が現れます。
そこがエスピラ・ド・コンフランです。

と、この行き方ひとつとってもご想像の通り、ものすごい山の中です。しかもわかりにくい場所にあります。前回書きましたポルティラーニュだって相当誰も知らないと思いますが、このエスピラ・ド・コンフランはその比ではありません。だいいち山の中過ぎます。もし知っていた人がいたらぜひお知り合いになりたい。それくらい、なんというか、特にわざわざ行く用事もないような、とりたてて観光的に有名でも何でもない村です。

村からの景色です
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小さな村ですが、歴史はありまして、古い教会があります。本当に、詳しいことが全くわからず恐縮なのですが、一緒にいましたフランス人たちの話によりますと、なにやら珍しいマリア様の像だか絵だかがあるそうで、それはそれなりに知られてはいるそうです。

そして、ここは、確かに人々の生活の息づかいが、歴史の中に今も生きている、そんな村です。

このあたりは、山の中の小さな村、中世からの村みたいなのが点在しています。どこもとてもキレイでかわいい村ばかりです。この付近で有名なのはウス(Eus)やヴィルフランシュ・ド・コンフラン(Villefranche-de-Conflent)といった村ですね。これはたまにガイドブックにも載っており、「フランスでもっとも美しい村」だかなんだかにも指定されています。

でも、エスピラ・ド・コンフランは、これらとは明らかに違った何かがあります。
「見せること」「きれいであること」を前提としていない、暮らしていく力とその美しさ、みたいなものがあるということです。

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で、なんでまたこんなところを訪れたかというと、実はこの街にはひとりの日本人女性が住んでいるのです。
彼女は、エスピラ・ド・コンフランの一番はずれのとても景色のいいところにある、何百年もたった古いすてきな石造りの家に暮らしています。
カタラン人のミュージシャンの旦那様と二人暮らしで、時折通訳などの仕事をしつつ、普段は家の近所にある農園で野菜や果物を作ったりなどしているという、そういうのが好きそうな女性にとってはなんとも夢のような生活を送っていらっしゃいます。

彼女はよしこさんといって、この近くに住んでいた私の母親と、ちょっとしたのみの市みたいなところで偶然知り合い、それから意気投合して、ずっととても仲良くしていただいていたんですね。
母が病気になって、それから亡くなった後も、よしこさんはずっとついていてくれたんです。その間、ぼくらはよしこさんには言葉では言えないほどお世話になりました。

ですので、久しぶりにフランスに行った折にはぜひともお会いしたい、と思ってはるばるやってきたというわけです。
しかし、お宅には初めてお伺いしたのですが、いやあこんな山の中だとは思いませんでした。

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おじゃました際には、お昼にご自宅の農園でとれたばかりの野菜を使った大変おいしい料理をごちそうになりました。
ここは、ほんとうに静かなところなんですよ。

食事の後、ミュージシャンの旦那様とぼくでちょっとした演奏をしたりして、なんともいいひとときでしたね。すごいフランスの山の中で、ジャズが響き渡るっていうのもなんか変な感じでしたが・・。

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家の写真です。ちょっとわかりにくいですが、隣の家とつながっています。
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もう、何百年たってるのかわからない、っていってました。
ここは村の外れなので、この建物自体が昔は小さな城壁の代わりにもなってたようで、部屋の中に隣の家とつながっている扉があります(今は使っていないそうですが)。敵が攻めてきても、隣の家を伝って逃げることができるとか、そういう理由のようです。

先ほど書きました「この村は歴史が生活の中に息づいている」というようのは、まあつまりこういうことです。たとえばこの家と、それにまつわる歴史や物語は、誰かに見せるためではなく、今、人が生活するために存在しているのです。

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ちょっと暗くなってしまいましたが、家の中です。お昼の準備中です。
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窓からの景色です。
すてきでしょう?
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ほんと、なんだか浮世離れした生活ですよね〜・・。
雑誌で紹介したいくらいです。

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畑にもおじゃましました。
畑は、家からしばらく山の中を下っていったところにあります。

こんなすごいやぶの中の道をおりていきます。
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果物、野菜、なんでもありますね。
完全自然農法、といった感じです。

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ここで過ごした時間なんかも、やっぱり母が遺してくれたものの一つだなあ、と思います。
(毎回母の話で恐縮ですが、まあ今回の旅行はそれがテーマなもので、すみません)

家族で、このフランスの山の中で、出会いがあって、おいしい料理があって、音楽があって、静かさと会話があって、という時間を自然に過ごせているのは、とても幸せなことでした。

アンドレは、「こういう田舎がフランスの一番いいところなんだ」と言っていましたね。
なかなか来られるものでもないでしょうから、ほんとうに家族に感謝です。

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下の写真は、帰りの車の中から見えたナルボンヌ近郊の干潟の風景です。
線路が干潟の真ん中を走っているのが見えますでしょうか。走っていると360度海の中を走っている気分になる珍しい列車の路線です。
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大きな地図で見る
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2008年10月13日 (月)

Portiragnes(ポルティラーニュ)

今回2008年9月の旅行では、基本的にここポルティラーニュに滞在していました。
ここを起点にアルルやレ・ボー・ド・プロヴァンス、アグドやセートに行ったわけですが、まあ日本人でこの町のことを知っていた方がもしいたら教えてほしい、というくらいの小さな町です。

場所は、ベジエとアグドの間ですね。ベジエからですと、ヴィルヌーブ・レ・ベジエ(Villeneuve-les-Beziers)の次の集落がポルティラーニュです(なんだか大久保-新大久保みたいな流れですが)。アグドからなら、ヴィアス(Vias)の次ですね。
小さい町なので、電車の駅などはありません。バスがあるんだかないんだか、ここを訪れるなら、ベジエかアグドの駅からなんらかの方法でたどり着くって感じですね。まあ最悪、歩いても数時間かければたぶん着きます。ひたすらミディ運河沿いを歩いていけばOKです。

小さいながらも、歴史は古く、街の中心部には16-7世紀頃のものと思われる教会が鎮座しており、シンボルタワー的存在となっております。
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アグドと同じように、やや黒っぽい石でできていますね。

この町は、教会を中心とした旧市街的な小さなエリアがベースとして成り立っており、その周りに、昨今の南仏ブームによる建築ラッシュ(というのが、フランスにもあります)で、新築の家がどんどん造成して造られている、というつくりになっております。まあ、最近の典型的な南仏の小村です。

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町の中にある看板の地図です。色がついているところが旧い町ですね。ちっちゃいです。数分で一回りできるくらいです。
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地図の別バージョンです
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こちらは役場の建物です。
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ミディ運河がすぐそばを流れており、運河沿いはのどかな散歩道になっています。
それ以外は特に名所も何にもなく、まわり一面ほぼブドウ畑、オリーブ畑のみ。なんともゆっくりした雰囲気です。
そのせいか、なんとなく、住んでいるひとびとも穏やかな感じしますね。
数キロ離れたところには地中海の海岸があり、こちらはPortiragnes-Plage(ポルティラーニュ・プラージュ=ポルティラーニュ海岸)という別の町になっております。※上の写真の地図の色つきの方にplageも載っています

地中海沿い、世界遺産のミディ運河沿い、周囲を自然に囲まれて、町に歴史もあり、手近にベジエやモンペリエといった大都市もありということで、まあ暮らすには過不足のない好条件が揃ったいいところです。

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こんなちいさな町でもときおりツーリストの姿も見かけます。
だいたいヨーロッパ人で自転車の人が多い印象です。もしくは、ミディ運河クルーズの途中でちょっと船泊めてごはん食べに来た、て感じでしょうか。
どちらにしても、ちょっと一休み的に寄った、という感じで、こちらに長期滞在している風ではありません。まあ、どう考えても、アグドとベジエといった見所満載の場所にはさまれたこの町に滞在する必然性がありませんよね。だいたい、この町、ホテルとかあるのかな・・・。

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なんでまたこんなへんぴなところに滞在していたかというと、亡くなった母の旦那さんであるアンドレの家がここにあるからです。こんな家です。

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※家の近所です。この町は小高い丘になっているので、周囲を一望できます。
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この家はできてまだ数年、新築の家です。さっき書いた新築ラッシュのやつですね。まわりはこんな家ばっかりです。
こっちの家は、新築だろうと何だろうとこんな感じの家ばっかりですね。
周囲に建築中の家がいっぱいあるのでよく建て途中の状態を見かけるのですが、ブロックみたいのを積み上げて作って、最後にこんな色に塗ってできあがり、という感じのようです。
地震がないというのはほんとにいいものです。

壁の色は自由ですが、基本プロヴァンスカラーのどれかですね。ピンクとか、黄色とか、オレンジとか・・・。屋根はもうほぼこの仕様だけです。最近は日本でもこの南仏瓦はやってますよね。

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ちょっと悲しい話なんですが、旦那さんのアンドレがこの家に引っ越してきたのは、母が亡くなった一週間後なんです。
そう、母はこの家に引っ越してくるのを本当に楽しみにしていたのに、間に合わなかったんですね。
表札をよく見ていただくと「NOBUKO」と入っています。これが母の名前です。

つまり、今回は、アンドレの家に遊びに行く、というのがメインの用事だったわけです。
母が亡くなってから三年、全く行けてなかったですからね。ぼくも、前回は母の葬儀が終わった段階で日本に帰ってきてしまったので、この家、そしてポルティラーニュに滞在するのは初めてでした。
とってもいいところで、ゆっくりできました。

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この家から、歩いて10分もいくと、もうこんな風景です。

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なぜか馬とロバもいます。
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どうでしょうか。ほんとに、ただ畑と野原しかないんです。
もう、典型的な南フランスの田舎町の風景ですね。
我々が目的地にするどこかとどこかの途中にあるであろう、ただ通り過ぎるだけの小さな町、そんな町の周りは、だいたいどこもこんな感じです。

ぼくは、こういったなにもないブドウ畑の中の一本道を散歩したり走ったりしている時間が大好きで、必ず滞在中頻繁にこのための時間をとります。
これはほんとうに贅沢なことだなぁ、といつも思います。
車で通る、見かけるのではなく、実際に自分の足で、土を踏みしめて歩く。時間の制限がある中で、観光地を歩くのとは全く違った、実際に地に足が着いている、あの感覚。一歩一歩確かめるように、ざくざくと歩いていく。そして静寂。つつみこむようなやさしさ。
これが、ぼくにとっての南フランスです。

たまたま、家族がいたからこそできることかもしれません。幸運なことだと思います。
滞在中、どこかに行く日とは別に、「なんにもしない日」みたいのを2-3日おきになんとなくつくっているのですが、これだってふつうの家に滞在しているから気楽にできるわけです。
その日はみんなで料理したり、散歩したり、本を読んだり、昼寝したりします。
これがいいんですよね。

先ほど「ここに滞在してゆっくりしました」というようなコメントを書きましたが、これはなんとなく精神的に気持ちがおちついてゆったりしたということだけではなく、肉体的物理的にほんとうの意味でけっこうゆっくりしてるんですね。日本での週末や休日よりはるかに休養できてる気がします。

こういう時間を持つと、なんというか、いろいろなことをリセットして考えることができる気がします。ほんとうに重要なこととどうでもいいことがくっきり浮きあがってくるというか、そんな感じです。
人生の中で、定期的にこういった時間をとることは必要なんじゃないかと思ったりします。
だからフランスはヴァカンスが長いんでしょうか・・。

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車で数分の海、ポルティラーニュ・プラージュは、ただ海岸があるだけでなく、別荘だか家だかがいっぱいあるちょっとしたリゾートタウンになっております。豪華な家が多い印象です。
いつもは9月でも結構暑いので海水浴したりしてたんですが、今年はちょっと寒かったので泳ぐのは断念しました。でも波打ち際で子供が張り切って遊んでました(結局水着になり、全身びしょびしょになってました)。
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HPもあるみたいです。
http://www.ville-portiragnes.fr/

こんな小さな町ですが、ちゃんとワインのクーペラティブ(協同組合)があって、土地のワインを作って販売しています。もちろん、誰でも買うことができますよ。かわいいおみやげ用のボトルがいっぱいありました。
なお、うちはボトルでなくハコ買いです。ぼくはアルコール飲みませんが、奥さんが大変飲みますので、見た目よりも実をとりました。

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2008年10月 6日 (月)

Agde(アグド)・Cap-d'Agde(キャプダグド)

アグドは、この近辺ではそれなりに名の知れた歴史と由緒のある街です。でも日本ではあまり知られていないかもしれませんね。

どのくらいの歴史かというと、手許に資料がないので詳しくはわからないのですが、確か11世紀とか16,17世紀とか、そのくらいの数字がここを訪問中に何度か出てきたような記憶があります。今フランス語のHPをちょっと調べましたところ、まあそれらしい数字が書いてありましたので、おそらくそんなもんだと思います。
旧さと新しさが自然に同居している、とてもすてきな街です。

ここは建物が黒っぽい色の火山岩を使って建てられていることで有名です。
シンボルとも言うべき大きなカテドラルが街の中心にありますが、これも黒っぽい色をしていて、荘厳なたたずまいです。全体的に白っぽい色のアルルやレ・ボー・ド・プロヴァンスなどとは対照的です。

小さい街ですがちゃんと城壁もありますし、中世からの町並みや住まいがちゃんと保存されていて、これが今でも普通に生活感あふれる中で使われています。もちろんこれらの建物もみんな黒っぽい落ち着いた雰囲気です。

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カテドラルです
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これは役場の建物です。やっぱり同じ火山岩でできています。
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城壁もあります
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街の外側からカテドラルを見ています
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火山岩といってもどこの火山なんでしょう?その辺詳しいことは不明です。

※なお、この街に行くとき、同行したフランス人のアンドレが「ヴォルカン、ヴォルカン(火山)」というので、ぼくは家族に半信半疑で「街の中に火山がある街らしい」などと意味不明な説明をしていましたが、もちろんそんなことがあろうはずもなく、到着してすぐに力なく訂正することとなりました。

今では、いかにもフランスの地方のちょっとした街という雰囲気も残しつつ、たまにおみやげ屋やらギャラリーがあるというような、半観光都市といったような雰囲気です。
かわいい街並みですよね。

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よく見ると、街中でも古い建物はカテドラルなどと同じ火山岩でできています。

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カテドラルのある横の公園の前の家には窓のフェイクアートがありました。
有名なのか、グーグルアースで見るとここの写真がいっぱい出てきます。
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フェイクアートというか、この手の窓の絵はフランス各所でよく見かけますが、これは窓というより空まで含めた風景全体フェイクしちゃってますね。

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この町は大きな川に沿ってつくられています。
エロー川です。
どんな名前だという気もしますが、ほんとうです。
綴りで書くとHeraultですね。フランス語ではHは発音しなかったりする関係もあり、これでエロー川になります。
なにしろ、このあたりはエロー県でもありますから。
エロー川はそのまま地中海に注ぎます。ミディ運河とも関係が深く、多くの船が停泊したりクルーズしたりしています。
川岸はとってもきれいな風景が広がっていて、心なごむ落ち着いた雰囲気のとてもいいところです。

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水上レストランですね
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さて、アグドというと、実は海に近い方のキャプ・ダグドの方が有名かもしれません。

よく、フランスの地中海寄りの街では、海から数キロ離れたところに街の本体があり、海岸の街ではその本体の街と同じ名前に「プラージュ(海岸)」「シュルメール(海の上)」といった呼称をつけて区別している場合があります。たとえば、ちょっと離れていますが、ペルピニャンの近くのアルジュレスは、アルジュレスという街があり、何キロか離れた近くの海岸にアルジュレス・プラージュという別の街があります。

キャプ・ダグドもこれと同じです。キャプは岬、綴りではCap d'Agdeですから、キャプ・ド・アグド、すなわち「アグドの岬」です。ドとアグドは性質上続けて読んでしまうのでキャプダグドになるということです。
キャプ・ダグドはやはりアグドの街からほど近く、車で数分といったあたりの岬を中心とした海岸沿いに開けている街です。

ただし、他のこの手の街と違って、キャプ・ダグドは本体であるアグドそのものよりもはるかに開けていて規模も大きいです。
ひとことで言ってしまうと、キャプ・ダグドはもう一大リゾートタウンなんですね。

しかも、あんまり東の方のように高級でハイソサエティな感じではなく、もうちょっと俗受けのする感じのする一帯です。
すなわち、キャプ・ダグドと呼ばれている一帯の中に、

海水浴場あり
ヨットハーバーあり
ルナパークというアトラクションたくさんの遊園地あり
ディノランドという恐竜のテーマパークあり
アクアランドという名前の豊島園プールみたいなウォータースライダーとかのあるプールあり
ヨットハーバーの周りはおみやげ屋がびっしり
カフェではいつも生演奏
安めのリゾートホテルたくさん
貸別荘もたくさん
夜は安っぽい移動式カルーセルも登場(中国のニセディズニーみたいなキャラクターが登場してました)

・・・というような、ファミリーもOK、若いカップルもOK、お年寄りもOK、そんなリッチでなくてもOKといった、誰でも楽しめる楽しい楽しいプレジャーランドになっています。

まあ、フランスまできて豊島園プール、という日本からのお客さんもあんまりいないかと思いますので、そんなにガイドブック等には載っていませんが、ことヴァカンスの時期となりますと、このキャプダグドはそれはもうあり得ないほどの人の数であふれかえります。それこそヨーロッパ中の様々な国の方々がここ聖地キャプダグド目指し、遠路高速乗り継いで自家用車やキャンピング・カーではるばるやってくるわけです。まさに夢と魔法の王国、現代に蘇る十字軍伝説です。

わたくしも数年前、一度ここのアクアランドに行ったことがあります。子供たちに混じり、普通にウォータースライダーや波のプールなどを満喫してあっという間に一日たちました。まったく、すっかりここがフランスだというのを忘れてしまったくらいです。いいんだかなんだかわかりませんが・・・。

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なお、このキャプダグドはそれとは別に非常に有名なことがあります。

キャプダグドには世界的に有名なナチュリスト・クラブがあるのです。
ナチュリストとはなにかというと、バードウォッチングとかが好きな人というわけではなく、自然のままの姿が好きな人ということです。

つまりまあ、要するにヌーディストのことですね。
キャプダグドの一角は世界でも有数の規模のナチュリストのためのサンクチュアリになっておりまして、もちろんナチュリスト専用ビーチもございます。
ただし、そこに入るにはちゃんと会員証なりなんなりを提示してゲートを通過しなければならず、一般人は入ることができません(なので、ぼくももちろん行ったことはありません)。

この辺の人がキャプダグドを説明しようとすると、「バカンス時期はとても人が多くて・・えーと、ナチュリストクラブがあるところ」という感じで、二言目にはナチュリストの話が出てきます。それくらい、人々には「ナチュリストのキャプダグド」で親しまれております。

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夕暮れのヨットハーバーです。ここから遊覧船みたいのも出ています。
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この近辺はおみやげ屋さんやらレストランやら、所狭しと軒を連ねていて非常に賑やかです。

グーグルアースで見てもいっぱい船が停まっているのがわかります。
Capdagde

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キャプダグドではマルシェも週イチで開かれていて、とても大きな規模です。駐車場をつぶしてマルシェにしています。
おみやげというよりは食料品や生活雑貨が中心ですね。このあたりにヴァカンスで滞在している方々も利用しているようです。

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キャプ・ダグドのHP:http://www.capdagde.com/

※HPの中に、カテドラルや街の様子の写真がありました
http://www.capdagde.com/la_cathedrale_et_ses_eglises-modele01-689-FR-decouverte.html

http://www.capdagde.com/la_cite_d_agde-modele01-688-FR-decouverte.html
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2008年10月 2日 (木)

Sete(セート)

セートです。
日本語の本ではセートと書いてありますが、向こうの発音では「セット」て感じですね。
まあ、トもトではなくトゥって感じですが。

セートは、結構大きな街で、SNCFに乗るとベジエの次の次くらいでしょうか。
地中海に面した、いわゆる港町です。活気があって、古き良き時代みたいな雰囲気を残した、いいところです。

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セートは、なんといってもその立地が独特です。
地図を一目見ていただければわかります。
Map_2
わかりましたでしょうか。
そう、干潟というか、内海を囲む細ーい陸地の突端にある街なんです。イメージでいうと浜名湖の水門の上に街があるようなものです。
なお、この湖がミディ運河の起点となるトー湖ですね。

そして、セートにベジエ方面から向かう場合は、車でも電車でも、この細い橋のような陸地部分をひたすらまっすぐ向かうことになります。
つまり、右側にひたすら海岸線をすぐ近くに見ながらひたすら10kmくらいまっすぐ走るわけです。
反対側だって湖なわけですから、場所によってはまるで海の上を走っているような感覚になります。
これは気持ちいいですよ。

ちなみに、バカンス時期はこの道沿いの海岸脇の路肩にずらりとキャンピングカーが列をなして停車しています。名所なんですね。
しかしほんとに、向こうの人はキャンピングカー好きですよね・・・。

ひたすらこの道をまっすぐ行きますと、そのうち小高い丘のような一角が正面に見えてきまして、これがセートの街です。この丘はモンサンクレールという名前の157mある山で、この山一帯と山のふもとにある港町がまとめてセートの街になっています。山はほぼ住宅地ですね。夜にこのあたりを通ると、山の形に明かりがちらちらと見えます。

今回は山の方には行かず、港の方を中心に訪れました。
というより、正確に言うと、今回はセートのマルシェに行ったということです。
セートのマルシェはこの近所では結構有名で、街が大きいこともあり、規模も大きいです。それに、すごい活気ですね。港町らしく、陽気でざっくばらんな雰囲気です。
ここのマルシェ自体はこれはあまり観光向けというよりは、普通に生活必需品を近所の人が買いに来る、というものですね。食材がメインで、ちょっとメインストリートから外れた公園のあたりで衣料品などを売っています。
(マルシェはとてもにぎわっていて人が多く、子供が迷子になりそうだったので写真全然撮れませんでした。残念・・)

海沿いにはレストランなども多く、こちらはリゾート満喫中みたいな方々がスープドポワソンなどを食している光景によくぶつかります。値段もそんなに高くなさそうですね。
ここでは、ショコラ屋さんでおみやげのチョコを買いましたが、とてもおいしかったです。
なお、港のあたりではぷーんと魚くさい匂いがしてきます。

たしか、何かの本で読んだのですが、セートはボートレースみたいなイベントが有名だったと思います。違ったかな??

海があって景色がキレイで、街もほどよく小さくかわいくて、人々も陽気で、かといって観光地過ぎず高級すぎず、しばらくゆっくりすごすにはとても良さそうな雰囲気の街でした。
アクセスもいいですし、ぜひおすすめします!

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街中の様子
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タコの噴水です
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みなとに近い運河沿いです
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みなとに入る手前にある城壁です
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遠くにヨットが見えます
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2008年9月29日 (月)

Arles(アルル)

アルルです。
なんだか、レ・ボー・ド・プロヴァンスといい、ぜんぜん地中海沿岸でも南西部でもないですが、とりあえず今回(2008年9月)旅行分から忘れないうちに書いてしまおうと思います。
どうせそのうち南西部ばっかりになりますのでどうかご容赦ください。

アルルはいわずとしれた世界の観光名所ですね。
ローマ時代の遺跡あり、ゴッホやゴーギャン、ドーデのゆかりあり。
街もでかすぎないですし、ほどよく生活感もなく、いいところです。

ぼくは今回初めてアルルを訪れました。
なにげなく、南フランスには7-8回来ていますが、これくらいの規模のちゃんとした観光都市にくるのはこれが実は初めてです。
まあ、7-8回のうちの4回は病気の母親の看病でしたので、あんまりゆっくり観光どころじゃなかったのと、いつも南西部が拠点なので、どうも有名どころの観光名所は遠くて来れなかったんですよね。

で、訪れたアルルはやっぱりこれまでに訪れた都市とは明らかに様相が異なりました。
なんてキレイな街なんだろう。
これは、観光客が世界から集まってくるのもわかります。
遺跡のたぐいはもちろん、それと調和した町並み、建造物の全てがキレイでかわいい。
ひとつの村程度ならともかく、これほどの街がこのバランスをすべてにおいて保っているのはすごいことです。
散歩しているだけで幸せな気分になりますね。
石造りの建物もみな白っぽく明るくて、そこに陽光が降り注いでとてもまぶしい色彩にあふれています。

たとえばいわゆる街程度の規模でいうと、ベジエはちょっとアルルより大きいくらい、ペルピニャンは倍くらいですが、いわゆるたたずまいはそれはもう全く違います。ベジエにはもっと質実剛健な、ペルピニャンにはもっと荒々しい太陽の世界みたいなイメージがありますが、アルルはもっと澄んでいてどこまでも優美です。もちろん、ベジエもペルピニャンもぼくは大好きで何度も行っていますので、それはそれですばらしい良さがあるわけですけれど、ともかくアルルはそれらとはまったく別の街です。

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まずは市庁舎と広場の写真。
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同じ広場に面しているサン・トロフィーム教会です。
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この教会はとっても有名です。
中もとてもキレイです。

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その裏手にある、古代劇場です。紀元前1世紀末に作られたそうです。2100年前ですか。
でも、今でも現役バリバリでコンサートやイベントのステージとして使われています。
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柱が二本だけ残っています。
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スタンドから円形闘技場方面を臨みます。
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ステージ側から見たスタンド方面です。
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スタンドの中にある出入り口を裏から見たところです。前の写真でちょっと見えてますね。
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続きまして、この古代劇場のすぐ裏手にあります、円形闘技場です。
先ほどの古代劇場はいわゆる劇場ですが、こちらはコロシアムというかスタジアムです。
今でも闘牛などが催された際は実際のスタジアムとして機能しています。
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確か、かつては三層の建物でもっとでかかったのだと何かで読みました。
直径が136mあって、フランスではもっとも大きなローマ時代の闘技場なんだそうです。
一応、アルルのシンボル的存在ですね。
見ての通り、大変美しい状態の建造物です。

こういった遺跡類が今も機能して、街並みの中にとけ込んでいるのがアルルのすばらしいところです。
紀元1世紀くらいの建造だそうです。2000年前ですね。
2000年前っていうと、弥生時代ですか。月並みですが、すごいものです。

でも、今も2000年前も、使ってる道具が違うだけで、人間の能力自体は大して変わらないと思いますから、車の運転やパソコンの操作を覚えたり、株式市場の動向などに気を配らなくていいぶん、石で大きな建物を造ったりはがんばったらできちゃうものかもしれませんね。そんなことないのかな。
※なんか、ここは入場料がやたら高かったか、時間がなくなってしまったかで中には入りませんでした。

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あと、日本人ならみな行くであろう、カフェ・ヴァン・ゴッグ(ファン・ゴッホ)。あのゴッホの「夜のカフェテラス」の絵のカフェですね。吉永小百合さんが宣伝しているあれです。
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このカフェがある一体はフォーロム広場といって、とってもサンパティックな(感じのいい)一角です。

アルルは、ゴッホが気に入って滞在して、芸術家コミュニティみたいのつくろうとして、だんだん壊れていっちゃったという大変彼にとってはトピックな場所ですので、ゴッホゆかりのなんとかがいっぱいあります。
このカフェ以外にも、「ゴッホの跳ね橋」「エスパス・ヴァン・ゴッホ」「ヴァン・ゴッホ財団」などがあります。
跳ね橋は、例の絵のモデルになった橋ですが、これは当時のものではなくて、復元したものを前と違うところに設置したというものです。ちょっと街から離れているので、今回は行きませんでした。
「エスパス・ヴァン・ゴッホ」は、これは絵の好きな人なら見たことあるかもしれませんが、ゴッホが入院していた精神病院の庭の絵がありますね、あの病院の建物を今はカルチャースペースとして利用しているというものです。庭がゴッホの絵のままに復元されています。

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アルルの城壁の外ですが、アリスカンという場所にも行ってみました。
アリスカンはアルルの街から南東に2〜300mくらい歩いた場所にあります。
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ここはなにかというと、ローマ時代の超有名な墓地です。
並木道の長ーい参道になっていて、その両脇には石棺がずらりとならんでいます。
二枚目の写真の奥に見えるのは12世紀の「サントノラ教会」ですが、かなり廃墟です。
とても静かですし、散歩するにはいいところです。
ただし、ここも入場料かかるんですよね・・・。
行ったとき、同行したフランス人(私の母の旦那さんだった人です)が、ここはおもしろそうだしタダに違いないといってずんずん入っていったら、後からおばちゃんがおっかけてきて、金を払えと怒られました。

なお、ここもゴッホゆかりの地で、アリスカンを描いた絵があります。ゴーギャンと一緒に描きに行ったみたいですね。「夜のカフェテラス」を書いたのとほとんど同じ時です。
アリスカンの絵は紅葉の時期を描いたものですが、だんだんとイっちゃいはじめている時期で、なんだかたんたんとした中にも鬼気迫る迫力のある絵になっています。絵を描いた場所には、こんな風にパネルが残っています。
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そういえばお昼の時、街の中のレストランは皆ツーリスト向けで高いと同行のフランス人が言うので(先ほどの義父です)、街の外に出て、近くにあったごくごく普通のブラッスリーに入りましたが、そこの料理が安くて最高においしかったですね。
超ボリュームのビフテック&フリット!!(ステーキとフライドポテトです)
そんなの料理じゃないよと言われたらそれまでなんですが、でもうまかったです。
白いワンちゃんがいました。

料理だけでなく、実際おみやげもの屋などの物価も、他のフランス人向けリゾートだとかそういったところよりはやや高めです。
たしか、古代劇場の前のおみやげ屋さんではプロヴァンス柄のお皿が100ユーロくらいで売られていました。プロヴァンス柄の食器はフランス人も好きで、いろんなお店で見かけますが、100ユーロする皿はさすがに見たことなかったですね。
ただし、ここのはとりわけカワイイですし、ものはよかったと思います。
このあたりは考えようで、つまり有田焼を本場で高額で買うか、デパートで安く買うかみたいな差です。例えものが大差なくても、どっちが満足できるかっていうとそれぞれですよね。
※日本の焼き物には詳しくないので、適当なことをいっていたらスミマセン
まぁ、そうそう買えるもんでもなし、多少高くたって気に入ったら別にいいと思います。

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ちなみに、アルルの女性は美しい、というのはほんとうです。
何人も大変な美人に出会いました。
なんでなんですかね・・?

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2008年9月28日 (日)

Les Baux-de-Provence(レ・ボー・ド・プロヴァンス)

レ・ボー・ド・プロヴァンスです。
いやぁ、ここはずっと行ってみたかったんですよね。いつだか忘れましたが、フィガロジャポンの南仏特集でその写真を見てから、ぜひ一度訪れたいと思っていました。

そして今回(2008年9月)念願かない、ようやく行くことができました。
行ってみたら写真で見るのとは全く違いました。
実際のレ・ボー・ド・プロヴァンスは、思っていたよりもはるかに素晴らしかったです。

なんといっても、その圧倒的なスケール感を持って迫ってくるカマルグ平原のド迫力です。
これはどういうことかというと、レ・ボー・ド・プロヴァンスは、ずっと平原だったところにいきなり切り立った崖の岩山がそびえている、といった様相なので、とにかく見晴らしがいいわけですね。

しかし、これは写真で「なんとなく景色のいいとこそうだな」くらいに思っていた印象を全く凌駕しています。
なんというか、これは見たことない「平原の偉容」です。
これはこの地方の地形、白い岩と緑のコントラスト、フランス南部の風景の美しさ、そしてそのいきなりの高度差、このあたりが重なってこれほどの存在感になるのでしょうか。

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横を見れば、そのままアルピーユの山々がそびえているのが見えますが、この屹立感もスケール感の大きさに拍車をかけているように見えます。

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その平原からの風をダイレクトに受けつつ、背後には廃墟となった城砦。そして自分のいる足がそのままつながっている白い断崖のアルピーユ。

歴史と、自然の偉容と、人々のドラマと、美しさと、こういったものを身体全体で感じることのできる、そういう場所はなかなかないんじゃないかと思います。

いまでは廃墟となった城砦ですが、かつてはここに4000人が暮らし、この付近一帯を治めていたといいます。
なにしろ、世が世なら、ここから見える景色全部オレの領地!みたいな感じだったでしょうからね。
そう考えるとまた景色も違って見えるというものです。
(ちなみに、城砦の窓から景色を見るとこんな感じです)

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なお、レ・ボー・ド・プロヴァンスの村というのは今もあって、ちゃんと人々が暮らしています。
といっても今の人口は100人そこそこだそうです。
城砦の上から見た村の全景はこんな感じです。

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ね、なんかいかにもすてきそうな感じでしょう?
中にはいると実際すごくすてきなんです。
レ・ボー・ド・プロヴァンスに着くと、まずこの村を通って行くことになります。
こんないかにもな雰囲気です。

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村自体非常にかわいくて美しいですし、お店もどれもとてもキレイです。とっても女性誌好みな感じです(いい意味で言っています)。

人口100人といいましたが、ここはもうほとんどがおみやげ屋さんとレストラン、カフェ、ギャラリーですね。
同じ中世の村でも、例えばビル・フランシュ・ド・コンフランとか、カステルヌーといった古い村は、まだパン屋だの郵便局だの、実際に人々が生活している匂いを漂わせる店があるのですが、ここではそういったお店は見かけません。完全観光立国という感じです。
その分、おみやげ物屋の品揃えもいいと思いますし、もの自体も質がいいと思います。「こういうのほしい!」というものがだいたいあります。店の人もみんな感じいいです。
ただ、ちょっと高いですけど・・・。カフェにちょっと4-5人で入っただけで2-30ユーロくらいとられます(笑)。
あまりにも美しすぎて、まるでテーマパークのような小村です。

※おみやげ屋さんの店先にねこがいました。
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※レストランの窓から見た村の景色です
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この村を通り抜けて、一番奥まで行くと関所のようになっていて、ここでお金を払いますと、城砦を見学できます。たしか7ユーロくらいだったでしょうか。ちょっと高い気もしますが、損はしないと思いますので、ここまできたらぜひ中に入りましょう。

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関所を通ると一気に視界が開け、素晴らしい景色が広がってきます。
墓場、病院跡の史跡などを通り抜けると、テラス状にだだっぴろく広がった高台に出ます。

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この三つある棒みたいなのは何かというと、昔の投石機です。
で、右の写真は人だかりができていますね。これは、インストラクター風な方が、身振り手振りの解説をつけながら、実際に投石機を動かすデモンストレーションをしているんです。
見ている人に実際に参加してもらったりしながら、笑いも交えて楽しく見ることができます。日本語ではないので詳しくはわかりませんが会場大爆笑でした。これは時間を区切ってやっているみたいですね。関所のところで何時にやっているかを見ることができます。
ちなみに、投げるのは本物の石ではなくてビーチボールみたいなのです。
でも実際に動くと相当ダイナミックです。

この投石機の置いてある広場を抜けて突端まで行くと、冒頭の写真のような眺望が一気に目に飛び込んできます。
せっかくなので、別アングルの写真を・・・。

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風車小屋もあります。中にも入れます。なにもないですけど。
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さて、振り返ってみると城砦が見えます。こちらに向かってみましょう。

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右の写真の車はなんでしょう?戦車?

ちょっと戻る方向に向かって丘を登っていくと、かつて城砦だった岩山の遺跡があります。
ある意味ここがメインなので、じっくり見たいところです。

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間近で見ると存在感を持って見上げるように大きいです。確かに、ここで人が生活していたんだという息吹を感じますね。11世紀とかですから、千年前ですか。すごいものです。
給仕所あとだの住居跡だのといったものを見学しつつ、ここはやはり城砦のてっぺんまで登ってみます。

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けっこう急な階段や細い道が多いので気をつけて・・。
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※今回、子連れで行ったのですが、ダッコひもから二歳児が何度もずり落ちそうになり、あせりました。

城砦の上から見た眺めです。
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これは一番最初の写真と同じです。

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村の全景も含めた平原方面です。

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反対側の方を見た景色です。もはや、なんだか登山に近い感じしませんか?
なお、レ・ボー・ド・プロヴァンスのこちらがわは谷になっていて、地獄谷と呼ばれているそうです。
美しい谷ですが・・・。

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城砦を登る途中。すごい高さ感です。

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このぽこぽこした穴はなんでしょう。なんと、鳩を飼育していた穴なんだそうです。

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こんな風に、適宜イラストを交えて昔はこうだったんだ風なことを説明してくれています。


城砦を一周すると、また村に戻ります。
村には、教会もあります。
サン・ヴァンサン教会といいまして、それなりに大きな教会です。

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この教会はクリスマスイブの深夜にプロヴァンス中の羊飼いが集まる「羊飼いのミサ」が行われることで有名だそうです。
この教会の向こう側はテラスになっていて、谷方面へ眺望が開けています。
ここもいい景色で、みんな写真撮っています。

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レ・ボー・ド・プロヴァンスは、車があれば行くのは簡単です。
アルルからサン・レミ・ド・プロヴァンス方面へ、フォンビエイユの街を抜けてひたすらまっすぐ行けばわりとすぐ着きます。
(実際、ぼくらも途中でわからなくなり、ご婦人に道を聞いたらただひたすらまっすぐだと教えられ、その通りでした)

ただし、車がないとやや不便なところにありますね・・・。アルルやアビニョンからバスがあるようなんですが、7,8月しかやってないとか、ガイドブックによって記述もまちまちでよくわかりません。
季節が良ければ自転車という手もあります(実際そういう人多いです)。でも、なにしろ結構山なので、それなりに根性がいります。
個人ツアーを申し込んでアレンジするのが手っ取り早いかもしれませんね。
なお、日本からの団体ツアーだとだいたいコースに組み込まれているみたいです。

ぐるりと回ってみて結構半日つぶせるくらい盛りだくさんですし、ゆっくり滞在してもおもしろいと思います。
周囲にはホテルもあるようですので、ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。
これはぜひおすすめです!

観光局のホームページ:
http://www.lesbauxdeprovence.com/

※たしか、城砦では日本語のオーディオ・ガイドを貸し出してくれてました。借りなかったのでどんなのかはよくわかりません。


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2008年9月27日 (土)

Beziers(ベジエ)

ベジエです。
南西部の中では比較的大きな都市で、それなりに有名です。
ぼくは個人的にもっとずっと小さな村みたいなところに滞在することが多かったので、ベジエあたりにくるとものすごい大都会に出てきたような気分になります。もちろんSNCFの駅もあります。
ほとんど知られていませんが、実は空港もあります。ベジエからはちょっと離れた、ポルティラーニュという町の近くにあります。ただし、エールフランスのサイトで見てもベジエは出てきませんので、どうやったら行けるのかはよくわかりません。

ベジエの街自体はちょっとした小高い丘のようになっています。その丘のてっぺんの見晴らしのいいところに大きなカテドラルがあり、これは有名です。

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これです。

これは教会の裏側
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そのカテドラルの庭はテラスになっており、高台にあるものですから、これまた見晴らしがいい。
眼下に南仏らしいのんびりした景色が広がる、大変素晴らしいところです。
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この写真は街の中にある役所です。
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さて、ベジエといえば有名なのがミディ運河です。
ミディ運河自体はセートからトゥールーズまではしっていますが、ベジエの近辺には、「運河の橋が実際の川の上を渡っているところ」や、あのなんていうんでしょう、「運河が坂を登っていくときの水門?みたいなものが6-7個連なって一気に旧坂を登っていくところ」などの名所がいっぱいあります。

文章で書いてもさっぱりわからないですね・・。

「運河の橋」とはこういう感じです。
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おわかりでしょうか。運河が流れて橋になっていて、画面右の方に、橋の下に水面が見えます。
つまり川が交差しているわけで、なんとも妙な光景になっています。

「水門がいっぱい」はこれです。
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みておわかりのように、結構な急坂です。これを船がどんどん登ったりおりたりするわけです。
どうやって?というのを、たまたま船がきたのを撮影しましたのでご紹介します。

これが水門です。水門の向こう側は水面が高く、こちらは低くなっているのがおわかりでしょうか。
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そこに反対側から船がやってきました。
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船が入りますと後ろ側の水門が閉まります。
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そうしますと水ががんがん入ってきまして、
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どんどん水位が上がっていきます。
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そしてあっという間に、水位がこんなに上がってしまいました!
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で、前の水門の向こう側と同じ水位になったところで、前の水門を開けて出て行くわけです。
ここでは6個だか7個だか連続してこの水門があり、先ほどの写真で見た急坂を登っていきます。
名所らしく、こんな案内も出ています。
Dscf3831


まあ、そういった名所もいいですが、ミディ運河と言えば、やっぱりこの写真にあるようなのどかな散歩道です。
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ときおり行き交う船などを眺めつつのんびり散策するもよし、河畔で瞑想にふけるもよし、なんというか、なんにもないんで観光的ビューポイントではないんですが、とにかくちょっと時間の使い方が贅沢な気分にはなります。

実際、ミディ運河って、世界遺産にも登録されているくらいですけれど、「運河ってなにがあるの?」と聞かれても、観光的にあんまりスペクタクルなものはないんですよね・・・。
それを求めると、さきほどの水門連発とかが関の山です。「で?」っていわれちゃうと、もう返す言葉なしです。
水だって別に清流でも激流でもなんでもなく、ただの茶色く濁った水ですからね。ジャングルクルーズと大差ありません。

ただ当地の方々には非常に人気が高く、ミディ運河クルーズなどは大変ポピュラーな豪遊となっております。なお、日本からも申し込めますが桁外れに高いです。
といっても、クルーズたって別に景色は大して変わるわけでもなく、えんえんプラタナス並木が何日も何日も続くというものですよ。※さっきの写真はたまたま糸杉並木になっていますが、ミディ運河といえばプラタナスということになっています

このあたりの感覚は、時間感覚的にも、いかにもヨーロッパ人向けの遊びっていう気がしますね。
そういえば、船に乗っている人は何人も見ましたが、アジア人や黒人はただの一人も見たことがなかったです。というより、年寄りばっかりでした。
やっぱり、余裕を持って人生を楽しむみたいな、そんなスタイルにあっていると思いますね。

運河自体は、先ほどご紹介したように、船に乗らずとも、散歩をしたり、自転車に乗ったり、周辺の皆様方の生活には完全にとけ込んで、ほんとうに愛されて大事にされています。
なので、あせったり、なんかテーマパーク的なものを求めるのではなく、ゆっくり一体化して、周囲の自然とともに楽しむのが、ミディ運河をもっとも楽しめる一つの方法ではないかと思います。
17世紀以来の歴史、世界遺産としての重みも、そうすることでしみじみと実感できます。

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ちなみに、あまりにも次から次に船が来るので、これらの人々はなんでまたこんなにみんな船を持ってるんだろうかと思ったら、ちゃんとレンタルしてくれるところがあるらしく、ほとんどはミディ運河用の借り物みたいです。
なので、たまに半しろうとみたいな方もいて、水門の接岸などで大変苦労したりしていらっしゃいます。でも、確かに流れもないし、簡単に操縦できそう。

たまたま、近所のポルティラーニュという町に、有名な貸しクルーザー屋さんがあったので行ってきました。
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なんとなくおわかりかと思いますが、超なんにもないところです。
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静かなとこでしたね・・・。
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対岸には馬がいるようなところです。
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これは、シャンブルドット?なんでしょうか??
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