Portbou(ポールボー)
さて、ここまできたら一気にスペインまで行ってしまいましょう。
今回ご紹介するポールボーは、スペインの街です。
この街はいわゆる「国境の街」で、地中海沿岸のフランスとスペインのちょうど国境、スペインの一番東の外れにあります。なお、国境を越えたフランス側にはセルベールという街があります。
フランス方面から、これまでにご紹介したコリウールやバニュルスを過ぎて、例の眼下に海を見下ろす崖の上のくねくね道をさらにスペイン側に行きますと、フランス最後の街・セルベールが小さな入り江に面して現れます。
セルベールを過ぎて、一つ小さな峠を越すとすぐに国境がありまして、スペインに入ります。国境の峠から岬を回って下ると、そこがもうポールボーです。ほんとうにすぐに着きます。
なお、「ポールボー」はフランス語読みの読み方です。スペイン語はわからないので、このつづりでなんと発音するのか、正確にはわかりません。とりあえず、フランス人はこう呼んでいました。
--
ポールボーには大きな駅があります。
確かフランスとスペインでは鉄道のレールの幅が違うらしく、フランスとスペインを列車を行き来する場合、このポールボーで列車を乗り換えることになるそうです。
(一部、自分で車輪の幅を切り替えられる特別な列車があり、これだけは乗り換えずにそのまま行けるんだったと思いました)
ですので、ここを鉄道で通る人は、必ずこのポールボーでいったん下車するということになるわけです。
意外と、ポールボーの街自体は訪れたことのある人は多いかもしれませんね。
--
さて、母親がバニュルスやサンタンドレに住んでいたときは、なにかというと「ちょっとスペインに買い物に行こう」といっていましたが、その「スペイン」は大概の場合このポールボーでした。
スペインと言ったってバニュルスからなら山越えて二つとなりの街ですから、車でほんの10-15分くらいです。近いです。
何でスペインに買い物に行くかというと、場所が近いのもあるんですが、それより何より、物価がスペインの方が安いんですね。
特にワイン、サングリアのたぐいは、フランスだって日本より相当安いですが、それよりもはるかにスペインの方が安いです。
かつて、ユーロ施行前は、家の中にスペイン・ペセタがいっぱいあり、スペインに行くときはそれを握りしめて行っていました。
もちろん、国境の街ですからフランだって使えたわけですが、微妙におつりが面倒になるのと、あとは気分的なものもあり、ペセタで払うことの方が多かったと思います。
もちろん、言葉だって大概の場合はフランス語でOKです。お店の方はみなさん上手にフランス語を話します。
もっとも、このあたりはもともとカタルーニャで同じだったでしょうから、スペインもフランスもないかもしれないですけれど・・。
そんなこともあるのかわかりませんが、一歩スペインに入ったからといって、何かが変わるかというとまったくそんなことはなく、風景といい、人といい、なんらフランス側と変わるところはありません。言葉でさえフランス語OKですからね。
前にどこかで書きましたが、若干道が悪くなるのと、村の家々のカラーリングがやや不均衡になるくらいです。
国境自体はどういったものかというと、要するに高速の料金所のようなものがあります。ありますが、何かをしていたりチェックをしたりするということはなく、ただ単にゲートがあるだけで、基本スルーです。
ぼくらは見た目からして旅行者ですし何があるかわからないので一応パスポートは持っていましたが、使ったことは一度もありませんでした。
もっとも、2000年近辺の話ですので、今はどうかわかりません。
--
駅を起点に広がるポールボーの街は、おみやげ屋などを中心として成り立っており、それなりににぎわっています。プロヴァンス柄の陶器などもあり、フランスよりも安く買うことができてお得です(笑)。
街の方々もみなさん陽気でいい方が多く、歩いているだけで「オラ!(怒られているわけではなく、こんにちは、の意味です)」と声をかけてもらえます。
さて、この街も他の国境付近の地中海岸の街と同様、小さな入り江に面しています。
街を過ぎてちょっといきますと岬があり、その突端は高台になっていてポールボー湾と地中海を一望できるビューポイントになっています。
展望台の様子です。向こうに、国境から降りてくる道が見えますね。

港に降りてきました。フランス側より山の風景がちょっと荒々しいように見えるのは、気のせいでしょうか。

--
この街は、自分にとってはほんとうにまぶしいくらい、美しくゆっくりとした時間とともにある想い出があります。
ここを訪れたときはいずれも、この地中海沿岸の美しさにとっぷりとつかっているときですし、まだこれから無尽蔵に美しく楽しい場所があるに違いないというような、ふくらむ感じを持っているときでした。
もちろん、今だってそうなわけですが、少なくとも、自分の母が病気に倒れてしまうとは、このときは夢にも思っていませんでしたので、自分の母親がこんな素晴らしい場所でずっと過ごしていけることに、心から満足していたことは確かです。
--
さて、ポールボーから車でちょっと行ったところには、「コスタ・ブラーバ」というような名前の海岸があります(うろ覚えなので名前違ってるかもしれません)。
ここに海水浴にも行きました。
海岸にある海の家風のレストランでパエリア食べました。おいしかったですね・・。

ここの商店街は、きちんとシエスタをとるので、午後はみんなしまってしまいます。

--
たしか、ダリの美術館か何かがこの近くにあるのじゃなかったかな?
--
大きな地図で見る
| 固定リンク
「街の紹介」カテゴリの記事
- Toulouse(トゥールーズ)(2009.08.22)
- Perpignan(ペルピニャン)(2009.01.05)
- Sete(セート)(2008.10.02)
- Prats-de-Mollo-la-Preste(プラ・ド・モロ・ラ・プレスト)(2009.05.03)
- Salses-le-Chateau(サルス・ル・シャトー)(2009.03.29)

















コメント
ポールボウやセルベールは、列車の乗り換えや通過では、もう多分10回以上行き来したと思うのですが、駅の外側にある世界というのは、まったく見たことがなかったのです。
まわりは全部山だし、せいぜい駅くらいしかないのではないか、と勝手に思い込んでいましたが……さて、開けてびっくり玉手箱です。
DGTさんのお陰で、スペイン~フランス国境の姿が今ようやく、わたしにとって明らかになりました。
このポールボウの名は、『パサージュ論』という世界の奇書(第二帝政期パリ試論)を書いたヴァルター・ベンヤミン(フランクフルト学派のユダヤ系ドイツ人哲学者)が自殺した場所として有名です。
彼はナチス政権成立により、いち早くドイツを逃げ出し、パリで「第二帝政期のパリ」の優れた研究にいそしんでいたのです。ところがナチス・ドイツの電撃戦によりパリを含む北部フランスがドイツに占領され、南のヴィシー政権下のフランスに逃れました。
マルセイユからアメリカ合衆国へ逃れるための船に乗ろうとしたのですが、外国人であったため乗船できず、スペインへ向かって逃亡を続けたのです。そして親ナチ派のヴィシー警察に追われポールボウまで達したのですが、ここで国境を越すことを断念したようです。
なぜなら、国境の向こう側には、ファシスト・フランコ政権の国境警備隊が非常線を張っていることは、明らかだったからです。逃げ場を失ったベンヤミンは自殺し、彼の未曾有の大研究『パサージュ論』は、彼の命とともに未完で終わりました。
『パサージュ論』は岩波現代文庫から全5巻で出ています。
ともかく敬愛するベンヤミンの自害せし場所としても、ポ-ルボウという場所をよく知りたかったのです。
レールの幅が異なるのは、ナポレオンのスペイン侵略の結果なのです。スペイン政府は、歴史上何度も行われた大国フランスの侵略を恐れて、フランス軍がすぐに到着できないようレールの幅をフランスのそれより広くしたのです。
今日、特急のTALGOだけは車輪の幅を調節できるようになってます。
お母様は、ほんとに南仏とスペインの良いとこ両方を楽しんでいたのですね。人生の達人ですね!
物価というのは時代によってレートや税法などに影響されて異なりますが、近年のフランスの物価の高さには驚かされるものがあります。高級ワインなどは、フランス産のものが東京での販売価格とさほど違いがなかったりもするのです。
またわたしの日記にも書きましたが、カフェで飲む一杯の安物ワインの値段は、東京の居酒屋のワイン一杯より高いです。
スペインでは一杯のワイン価格は、フランスの半額以下か30%くらいと考えたほうが妥当です。しかもバルやカフェで飲むワインのクオリティは断然スペインの方が良いです。
こんな現象はワイン産国フランスの名折れだと思います。
南仏などは、たしかに酒屋では良質で高くないワインを売ってます。しかし、カフェやレストランでの値段はべらぼうです。
フランスでまずい1杯のワインを4~5ユーロも出して飲むなんて……最悪のイメージです。
お酒をたしなまれないDGTさんにはあまりピンと来ないかもしれませんが。
カタルーニャ地方の人たちは、概して、スペイン語よりフランス語の方に親近感を持っているみたいです。わたしはバルセローナに住んでいたころ、人に道をたずねたりすると、「君、フランス語ができるかね?」と聞かれました。「ウィ」と答えれば、「じゃあ、フランス語で行こう!」といったような調子でした。
逆にカスティージャ人、アンダルシア人たちは概して「フランス嫌い」です。
空と海の青のグラデーションがとても魅力的です。不思議な世界です。
ダリ美術館は、フィゲーラスFiguerasという町にあります。遊び心満点でおもしろい美術館ですよ。次回はぜひ訪ねることをお薦めします。
投稿: バルセロネッタ | 2008年12月 7日 (日) 20時25分
コメントありがとうございます!
ベンヤミンの話は初めて知りました。名前くらいしか知りませんでしたが、あんな小さな街でそんな事件があったとは。確かにある種「終点」といったたたずまいを持っている街なので、ここで果てるベンヤミンの心境はかなしかったでしょうね・・。
レールの話も、そんなストーリーがあったとはつゆ知りませんでした。そうそう、タルゴですね。乗ったことはないですが、一度時刻を調べたことがありました。
バルセロネッタさんのおかげで、博識になります。
先日のスタンダールの南仏旅日記もさっそくアマゾンで注文し、先日届きました。
物価について、フランスは先日訪れたらものすごく物価が上がっていてびっくりしました。というより、ちょうどレートが悪い時期だったので、両替の時点であまりにももらえるユーロが少ないのにまずげんなりしましたが・・・。
ぼくはフランスでは、もともと「外食は高いもの」というイメージができあがっています。たまにしか外食しないんですが、ちょっとしたブラッスリーくらいでも、日本で焼肉食べたくらいの金額は軽くかかりますね。野菜や肉、チーズ、パンなどの値段が安いので、そのギャップがとにかく印象に残っています。
同行者も含めて、ワインだけを外で飲むことはないので、レストランやバーでの単品の値段はあんまり記憶にないのですが、ボトルは安い印象ありますね、
それに、スペインがまた安いんです。ワインや、サングリアですね。この近辺では食前酒にいつもサングリア飲んでいます。それはもうおいしい(らしい)です。
カタルーニャ地方の言葉の話ですが、逆に、フランスのカタルーニャ地方、ペルピニャンから南あたりでスペイン語が通じるかというとまずもって通じません。たまに商用でしゃべれる人もいますが、ふつうの街の人々はフランス語以外はさっぱりです。また、カタラン語で普段話しているという人の話もあまり聞いたことはなく、ほぼ衛星放送のカタラン語放送でしか耳にすることはないんじゃないかと思います。
空と海の青さは、この地方はやっぱり独特のものがあります。自然が多いせいか、ベジエの方とは青の深さと輝き方がまた違いますね。
美術館はぜひ行ってみたいですね。絵画に興味を持ち始めたのがつい最近なので、実はぼくはフランスで美術館に行ったことがほとんどないのです。パリでも、ルーブルもオルセーもポンピドゥーも、目の前は何度も通っていますが、中に入ったことは一度もありません(笑)。今は、ぜひいってみたいと思っています。
--
※この記事の街の様子を書いているところで、ポールボーの街のことを「セルベールの街」と間違えて書いてしまっていました。紛らわしい間違い失礼しました。今は訂正しています。
投稿: DGT | 2008年12月 7日 (日) 23時17分
スタンダールの南仏旅日記、購入されましたか。読み終わりましたら、ぜひ感想を聞かせてください。
スペインの黄色い郵便ポストで思い出しましたが……郵便のことをCOREOSというのです。
フランスもPOSTE、イタリアもPOSTAなのに。
わたしもルーブルとオルセーはまだ一度も足を踏み入れたことが無いのです。
ポンピドゥは何度か訪れました。
パリには昔貴族の邸宅だった、すばらしい小美術館がたくさんあり、わたしはその類を訪ねるのが好きです。
ところで、同じ時期のほぼ同じエリアの南仏旅行で、国境のポールボウで、ついに我々は初めて出くわすことになりましたね(笑)
もっともわたしは国境駅のトンネル・ホームの上でしたが。
投稿: バルセロネッタ | 2008年12月10日 (水) 00時26分
コメントありがとうございます!
南仏旅日記はまだボルドーのあたりを読んでいます。
なんだか、東海道中膝栗毛読んでる気分になってきました。テイストは全然違いますが、旅のタイム感が・・。
ポストは、そういえばスペインのは黄色でしたね。
フランスはどんなでしたっけ??ほとんど使ったことがないので全然記憶にないな・・。
バルセロネッタさんがルーブルもオルセーも行ったことないのは意外ですね。でも、美術館行かずとも街歩いてるだけで楽しかったですけどね。
バルセロネッタさんとは、ポールボウではじめて共通の行った場所が出てきたわけですが、よく考えるとぼくは駅のホームには行ってないですし、バルセロネッタさんは街にはいらしていないとのことなので、またもや微妙にニアミスしてます・・。
投稿: DGT | 2008年12月10日 (水) 23時08分