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2008年10月13日 (月)

Portiragnes(ポルティラーニュ)

今回2008年9月の旅行では、基本的にここポルティラーニュに滞在していました。
ここを起点にアルルやレ・ボー・ド・プロヴァンス、アグドやセートに行ったわけですが、まあ日本人でこの町のことを知っていた方がもしいたら教えてほしい、というくらいの小さな町です。

場所は、ベジエとアグドの間ですね。ベジエからですと、ヴィルヌーブ・レ・ベジエ(Villeneuve-les-Beziers)の次の集落がポルティラーニュです(なんだか大久保-新大久保みたいな流れですが)。アグドからなら、ヴィアス(Vias)の次ですね。
小さい町なので、電車の駅などはありません。バスがあるんだかないんだか、ここを訪れるなら、ベジエかアグドの駅からなんらかの方法でたどり着くって感じですね。まあ最悪、歩いても数時間かければたぶん着きます。ひたすらミディ運河沿いを歩いていけばOKです。

小さいながらも、歴史は古く、街の中心部には16-7世紀頃のものと思われる教会が鎮座しており、シンボルタワー的存在となっております。
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アグドと同じように、やや黒っぽい石でできていますね。

この町は、教会を中心とした旧市街的な小さなエリアがベースとして成り立っており、その周りに、昨今の南仏ブームによる建築ラッシュ(というのが、フランスにもあります)で、新築の家がどんどん造成して造られている、というつくりになっております。まあ、最近の典型的な南仏の小村です。

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町の中にある看板の地図です。色がついているところが旧い町ですね。ちっちゃいです。数分で一回りできるくらいです。
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地図の別バージョンです
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こちらは役場の建物です。
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ミディ運河がすぐそばを流れており、運河沿いはのどかな散歩道になっています。
それ以外は特に名所も何にもなく、まわり一面ほぼブドウ畑、オリーブ畑のみ。なんともゆっくりした雰囲気です。
そのせいか、なんとなく、住んでいるひとびとも穏やかな感じしますね。
数キロ離れたところには地中海の海岸があり、こちらはPortiragnes-Plage(ポルティラーニュ・プラージュ=ポルティラーニュ海岸)という別の町になっております。※上の写真の地図の色つきの方にplageも載っています

地中海沿い、世界遺産のミディ運河沿い、周囲を自然に囲まれて、町に歴史もあり、手近にベジエやモンペリエといった大都市もありということで、まあ暮らすには過不足のない好条件が揃ったいいところです。

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こんなちいさな町でもときおりツーリストの姿も見かけます。
だいたいヨーロッパ人で自転車の人が多い印象です。もしくは、ミディ運河クルーズの途中でちょっと船泊めてごはん食べに来た、て感じでしょうか。
どちらにしても、ちょっと一休み的に寄った、という感じで、こちらに長期滞在している風ではありません。まあ、どう考えても、アグドとベジエといった見所満載の場所にはさまれたこの町に滞在する必然性がありませんよね。だいたい、この町、ホテルとかあるのかな・・・。

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なんでまたこんなへんぴなところに滞在していたかというと、亡くなった母の旦那さんであるアンドレの家がここにあるからです。こんな家です。

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※家の近所です。この町は小高い丘になっているので、周囲を一望できます。
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この家はできてまだ数年、新築の家です。さっき書いた新築ラッシュのやつですね。まわりはこんな家ばっかりです。
こっちの家は、新築だろうと何だろうとこんな感じの家ばっかりですね。
周囲に建築中の家がいっぱいあるのでよく建て途中の状態を見かけるのですが、ブロックみたいのを積み上げて作って、最後にこんな色に塗ってできあがり、という感じのようです。
地震がないというのはほんとにいいものです。

壁の色は自由ですが、基本プロヴァンスカラーのどれかですね。ピンクとか、黄色とか、オレンジとか・・・。屋根はもうほぼこの仕様だけです。最近は日本でもこの南仏瓦はやってますよね。

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ちょっと悲しい話なんですが、旦那さんのアンドレがこの家に引っ越してきたのは、母が亡くなった一週間後なんです。
そう、母はこの家に引っ越してくるのを本当に楽しみにしていたのに、間に合わなかったんですね。
表札をよく見ていただくと「NOBUKO」と入っています。これが母の名前です。

つまり、今回は、アンドレの家に遊びに行く、というのがメインの用事だったわけです。
母が亡くなってから三年、全く行けてなかったですからね。ぼくも、前回は母の葬儀が終わった段階で日本に帰ってきてしまったので、この家、そしてポルティラーニュに滞在するのは初めてでした。
とってもいいところで、ゆっくりできました。

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この家から、歩いて10分もいくと、もうこんな風景です。

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なぜか馬とロバもいます。
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どうでしょうか。ほんとに、ただ畑と野原しかないんです。
もう、典型的な南フランスの田舎町の風景ですね。
我々が目的地にするどこかとどこかの途中にあるであろう、ただ通り過ぎるだけの小さな町、そんな町の周りは、だいたいどこもこんな感じです。

ぼくは、こういったなにもないブドウ畑の中の一本道を散歩したり走ったりしている時間が大好きで、必ず滞在中頻繁にこのための時間をとります。
これはほんとうに贅沢なことだなぁ、といつも思います。
車で通る、見かけるのではなく、実際に自分の足で、土を踏みしめて歩く。時間の制限がある中で、観光地を歩くのとは全く違った、実際に地に足が着いている、あの感覚。一歩一歩確かめるように、ざくざくと歩いていく。そして静寂。つつみこむようなやさしさ。
これが、ぼくにとっての南フランスです。

たまたま、家族がいたからこそできることかもしれません。幸運なことだと思います。
滞在中、どこかに行く日とは別に、「なんにもしない日」みたいのを2-3日おきになんとなくつくっているのですが、これだってふつうの家に滞在しているから気楽にできるわけです。
その日はみんなで料理したり、散歩したり、本を読んだり、昼寝したりします。
これがいいんですよね。

先ほど「ここに滞在してゆっくりしました」というようなコメントを書きましたが、これはなんとなく精神的に気持ちがおちついてゆったりしたということだけではなく、肉体的物理的にほんとうの意味でけっこうゆっくりしてるんですね。日本での週末や休日よりはるかに休養できてる気がします。

こういう時間を持つと、なんというか、いろいろなことをリセットして考えることができる気がします。ほんとうに重要なこととどうでもいいことがくっきり浮きあがってくるというか、そんな感じです。
人生の中で、定期的にこういった時間をとることは必要なんじゃないかと思ったりします。
だからフランスはヴァカンスが長いんでしょうか・・。

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車で数分の海、ポルティラーニュ・プラージュは、ただ海岸があるだけでなく、別荘だか家だかがいっぱいあるちょっとしたリゾートタウンになっております。豪華な家が多い印象です。
いつもは9月でも結構暑いので海水浴したりしてたんですが、今年はちょっと寒かったので泳ぐのは断念しました。でも波打ち際で子供が張り切って遊んでました(結局水着になり、全身びしょびしょになってました)。
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HPもあるみたいです。
http://www.ville-portiragnes.fr/

こんな小さな町ですが、ちゃんとワインのクーペラティブ(協同組合)があって、土地のワインを作って販売しています。もちろん、誰でも買うことができますよ。かわいいおみやげ用のボトルがいっぱいありました。
なお、うちはボトルでなくハコ買いです。ぼくはアルコール飲みませんが、奥さんが大変飲みますので、見た目よりも実をとりました。

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コメント

読んでいて涙が出てきました。
南仏の乾いた風景と、青い空のようにカラッとしたあなたの文体が、廃墟の石に刻まれた文字の如く、凝固した思い出の永遠をとつとつと語っているのです。
そして「監視のない浜辺」という立て札のある無人の青々とした海が、それを見ているわたしに迫ってくるのです。
お母様が永遠に来ることがなかった果てしない葡萄畑と南の海が見える家こそが、滅することのない太陽の下で、いついつまでもあなたの来訪を待っているようです。
勝手なことを書いて申し訳ありません。
後日、もう一度来ます。

投稿: バルセロネッタ | 2008年10月14日 (火) 22時49分

コメントありがとうございます!
そう感じていただけたのならうれしいです。
やっぱり、こういう場所はぼくにとって特別なところだなあと思いながら書きましたので、ちょっとでも伝わったのなら良かったと思います。

人は亡くなっても、何かを残してくれるものですね。
自分と、そして自分の子供に、ちゃんとかけがえのないものを残してくれています。

ぜひぜひ、何度でも訪れてどんどんコメント書いていただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。

投稿: DGT | 2008年10月14日 (火) 23時33分

大源太様、

懐かしい風景が出てきました。
この町とアンドレの家を知っているのはあなた達以外に、多分私だけでしょう。
NOBUKOというプレートを付けた家の写真も、以前送って下さいました。
あれからもう2年経ったのですね。
あの時は7月だったので、ツバメがやたら多くて,町の家々の屋根の下がツバメの巣だらけだったのが印象的です。
あの運河がミディ運河という名前で、世界遺産だということは、今回初めて知りました。
私達の滞在は一泊で、ホントあっと言う間だったのですが、あの運河の辺はノホホーンと歩きたいなという気持ちでしたね。
馬は町中の、十字路の角の家の庭にいたのです。
放し飼いの犬みたいに。
私が手を出したら寄って来て、可愛かった!
丁度飼い主が戻ってきたら、犬と同じように、嬉しそうに飼い主のところに走って行きました。
白っぽい馬でしたから、もしかしたら写真の子かもしれませんね。
今回の二つのアルバムを見せていただいて、信子さんが遺した”家族”がしっかりと根を張って続いていると感じました。
お墓が出来たなら、お墓参りに行かなくては。
でもその前に、是非アンドレに日本に来ていただきたいです。
その時はプランニングにちょっぴり参加させて下さいね。
可愛い坊ちゃん二人によろしく!
あなたと弟さんの小さい時を思い出しました。
あなたはご自分の家族をものすごく大事にしていらっしゃるのね。
写真や文章全部から溢れんばかりの愛情を感じました。
あなたは幸せですね!

投稿: 伊藤良子 | 2008年11月 3日 (月) 11時22分

伊藤さん、コメントありがとうございます!
ポルティラーニュへは一日だけの滞在だったんですね。
アンドレがいっつも、みなさんが来てくださったときのことを楽しそうに話すので、何日かいらしたのかとばっかり思っていました。

アンドレが日本に来るのは、それとなくいってはみましたが、気後れしているようでもありますので、ぜひ伊藤さんからもプッシュしてみてください。

伊藤さんたちが学生時代に私の母に大変よくしていただいて、よい影響をいっぱい受けさせていただいたので、そのおかげでいまがあるのだと私は思っています。
私たち家族もしっかりその恩恵をいただいています。
どうもありがとうございます。

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写真の馬はちょっとはなれた畑の中にいつもいましたが、あのあたりはそれとは別によく馬にのったひとを見かけましたので、伊藤さんが見た馬はたまたま散歩中だったのかもしれません。
でも、みんないい子ばかりですね。

投稿: DGT | 2008年11月 3日 (月) 22時57分

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